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   自覚症状は充分あった。とても浮かれて地に足が着いていないことぐらい分かっていた。  だけど、それを仕事に持ち込むのは社会人としてあるまじき行為で、ただ、ただ、ひたすら淡々とその日の職務を全うした。  「何かいいことでもありました?」  何人かの同僚にこう聞かれても「素敵なパーティーになったので」とか「良い式だったので」と軽く交わしていたけれど、この男だけは違う。  「そんなに浮かれて、何か進展があったのか」  偶々二人きりになった時、ニヤニヤしながら支配人が訊ねてきた。俺は顔には出さないようにしながらも内心でイライラするのを感じる。  「関係ないでしょう?あなたには」  「あなた、ねえ」  「支配人には関係ないことですから。では」  次の打ち合わせがあるので、と付け加えパソコンを閉じて抱えて館の方に向かう。  後ろから「何か有れば相談しろよー」と間伸びした声が聞こえたけれど盛大に無視した。  大人気ないことはわかっている。それに彼が面白がっていることも。それでも俺には彩羽さんが唯一懐いている支配人は危険人物で要注意人物だとマークしていた。  彼女に「支配人のことが好きか」と聞けばきっととても迷惑そうな顔をするだろう。だけど、唯一プライベートの連絡先を知らせるぐらいには心を開いているし、どうでもいい半ば喧嘩腰のようなやり取りは仲の良さを見せつけられている気がして気に入らない。  仕事だと分かっていても二人で資料を覗きこむ姿勢とか距離とか近すぎてぶっ飛ばしたくなるし(もちろん支配人を)「峰〜、飯〜」とまるで自分の彼女のように食事に伴う姿を見れば後ろから蹴り飛ばしたくなるぐらい酷く嫉妬している。    
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