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 「彩羽」    呼ばれて見上げれば目元を少しだけ赤くした彼が蕩ける眼差しで私を見つめていた。  たった、それだけで体温が1度上がる。  それと同じぐらい安心感も感じた。  「寒くない?」  彼は私の前髪を撫でながら訊ねた。「うん」と頷きながら胸の前でぎゅっと両手を握り締める。  「寒かったら寒いって言って」  「…うん」  「あと、本当にやめてほしかったら殴っても噛みついてもいいから抗議して」  まさか、ここまできてそれを言われるとは思ってなかった私は聖人君子な彼を驚いて呆然と見上げた。  「彩羽が嫌がることや怖がることはしたくないから」  「……うん、大丈夫」  「そう」  「……ち、ひろくんだから」  本当はずっと名前を呼びたかった。「彩羽さん」と親しげに呼んでくれる彼の名前を呼びたかった。それでも、ただ名前を呼ぶだけなのに勇気がなくて、ずっと今の今まで「志築くん」だった。  「……っ」  「彩羽」と呼び捨てで呼ばれた時、なぜかわからないけれど彼に所有された気分になった。それがとても嬉しくて恥ずかしくてトキメいた。  志築くんは一瞬目を丸くすると、嬉しそうに幸せそうに顔をふにゃふにゃにさせた。まだ何もしていないのに、ただ、名前を呼んだだけなのに、そんな笑顔を見せてくれる彼に泣きそうになるほど胸が苦しくなる。  「もう一回言って」  「…ち、ひろ、くん」  「もう一回」  「……智紘く…んう」    
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