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 志築くんは恐る恐るゆっくりと姿勢を落としこんだ。私の頭からすっぽりと包み込むと、胸もお腹も脚も全身隈無く密着する。  高い体温と共に伝わる早い鼓動。彼も緊張していたことが伝わってきて、少し嬉しい。  「ごめん、余裕ないね、俺」  私の言いたいことがわかったのか、見つめ合った瞳が申し訳なさそうに伏せる。表情はなにかを耐えるように苦しそうで、それでも彼は「大丈夫?」と目で問いかける。    「……私より、智紘くんの方が辛そうで」  彼の広い背中に回した腕で、彼の頭を抱えた。  小さい子どもをあやすように「よしよし」すれば、彼は少し表情を緩めると私の首筋に顔を埋める。  「…彩羽はいつも人のことばかりだね。仕事でも、プライベートも。でも俺はそんなあなただから惚れたんだ」  ふ、と呆れたように笑った彼がすりすりと頬を擦り寄せる。  「自分の気持ちに鈍感でむしろ無頓着というより無欲で。誰にも関心を示さないあなたに振り向いて欲しくて」  彼はのっそりと身体を起こす。離れていく体温が寂しくて腕が剥がれないように首を抱き締める。  「今、俺を求めてくれることがどんなに嬉しいか」  熱く深い溜息が落ちてくる。長く黒い睫毛が緩やかにカーブを描き、慈しむ眼差しに心が震えた。    「……好きだ、彩羽。俺はずっとあなたが好きだった」    
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