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翌日はなんとか気力で仕事に行った。
まだお腹の中に彼がいる気がして違和感ばかりだったけど、その次の日は休みだからとなんとか奮い立たせた。
社会人になってこれほど休みを切望したのは初めてだった。とても一日の業務が長く感じたて何度も時計を見ては溜息をつきそうになった。
そして、珍しく定時を少しすぎて帰ろうとした私に志築くんがすっとぼけたように「あれ?今日早いですね」と話しかけにきた。
「ええ、ちょっと予定が」
「へえ。興味ありますね、それ」
にこにこする彼に「つまらないわよ」と背中を向ける。そして、電車に乗った頃に自分の失言に気付いて愕然とした。
[今夜は楽しませてあげます]
人生でこれほど悪寒が走ったことはなかった。
風邪も引いていないのに、霊感もないのに冷や汗が止まらなかった。
とりあえず一旦家に帰ろう、と時間稼ぎをすることを決める。
彼は良い人だ。
優しいし、いつも真っ直ぐにこんなにも愚鈍な私を置き去りにしないで待っててくれる。
でも、これとそれは違う。
第六感なんて信じたことはなかったけれど、それでも私の頭の中で警鐘が響いていた。
「おかえり」
いそいそと帰ったはずなのに、マンションのエントランスで彼は待っていた。びっくりして「ひっ!」と変な声が出るぐらいには驚いた。
「ひどいな。彼氏の顔見てそれほど驚くなんて」
にこにことしながらもその目は笑っていない。
私は自室に戻るどころか、つい先ほどまで考えていた言い訳すら出てこなかった。
「会社、私の方が先出たのに」
「俺の方が先出たよ。だってあの後俺もすぐに上がったから」
あれ?志築くん、今日遅出じゃなかったっけ?と頭の中をフル回転させれば。
「昨日も一昨日も残業しましたからね。今日は遅出の早上がりだよ」
「ずるい!」
「狡くない狡くない。会社のシステムだから」
くくく、と笑う彼は私の手を取ると「帰ろう」とエレベーターに乗せる。ボタンを押すこともできず、抵抗という抵抗もできず、引きずられるまま、彼の部屋に向かう。
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