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「ちょっと待って」
「待たない」
「じゅ、10秒」
「1秒も嫌だ」
彼は部屋に入るなり、私を抱き上げると寝室に向かった。コートもマフラーも鞄すら持ったままなのに、そのままベッドに倒れ込む。
「どれだけ俺がこの瞬間を待ち望んだか、わかります?」
彼は自分のマフラーを外しコートを脱ぎ捨てると、私のマフラーも外してくれた。コートのボタンを外されて腕を抜く。されるがままな私は彼を見上げたまま言葉の続きを待った。
「隣にいるのに触れられない。抱きしめられない。名前も呼んでもらえない。挙句支配人とイチャイチャする」
「イチャイチャって」
「楽しそうに話してた」
断じて彼のいう楽しい内容は一ミリもない。
週末のフェアの状況とプランナーの成績及びOJTの内容について話をしていただけだ。
全然一ミリも楽しくない。
「……今日ほどあの人に殺意を抱いたことはないね」
志築くんは眉根に皺を寄せると悪態をついた。
色んな意味で私は支配人に殺意を抱く時はあるよ、と言いかけたけど彼の様子を見て大人しく口を噤む。どんな時も火に油は注いではいけないのだ。
「……仕事中なのよ?」
「そんなこと、分かってる。でも頭では分かってても手が伸びてしまいそうになるんだ。生理現象だよ」
それ、全然意味がわからないし、言い訳になっていない。というか、むしろ清々しいほど開き直ってるじゃないの。
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