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 どうして「ってことで」なのか分からない。彼がニコリと笑いながら誘ってくれるものの、明日も仕事、もう七時も過ぎた。  「…接続詞がおかしいと思うんだけど」  「いいえ。全くおかしくないですよ。すごくナチュラルだったと思います」  志築くんがどや顔で宣う。私は彼に向けた視線をスライドさせると、長く伸びている地下鉄の階段を一歩一歩踏みしめた。  志築くんはただ黙って後ろからついてくる。階段を上ってくる人とぶつからないように端に寄って一列に並んで歩いていると後ろから小さな抗議が始まった。  「俺、今日凄く頑張ったと思いません?」  「そうね」  「朝からずっと緊張しっぱなしで」  「そうね」  「やっと緊張感から解放されたんです」  「おめでとう」  「ありがとうございます。なので腹が減りました」  「そう」  「はい、峰さんも腹減りましたよね?」  後ろから訊ねてくる言葉に「そんなことない」と返す。  人間疲れすぎると空腹が分からなくなる。だから今の私は正直にいえば、食欲より睡眠欲が勝る。昔はそんなことはなかったのに三十を過ぎてからだと思う。ご飯より寝たいのだ。  「それはきっと気のせいです」  「どうして志築くんが決めるの」  「決めてません。分かるんです」
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