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 志築くんと最寄駅を降りると改札を出ていつもの出口に向かう。彼をチラッと見上げても何食わぬ顔してついてくる。  「……出口こっちでいいの?」  「はい」  それ以上言ってもきっと彼は引かない。本当にこっちなのかもしれないけれど、なんとなく紳士よろしく、なのか送ってくれている気がした。  自宅までの道のりを歩く。  何か会話を探した方がいいのか、と考えたものの、いつもこんな時、誰かから話題を提供されていたので自分から話を振ることができない。適切な話題が思い浮かばなかった。  自宅は駅から徒歩五分ほどの場所にある。  毎日駅まで往復するのに、今日はやけに遠く感じる。プリエールで働き始める頃に引っ越した家だ。もう五年ぐらい住んでいるのにいつもの曲がり角が中々見えてこない。 「………」  私はすぐに会話を諦めることにした。  志築くんが何も言ってこないのでこちらも何も言わない。つまり、一人で歩いているつもりで歩く。  そう意識すれば、いつもの曲がり角が見えて来た。少しだけホッとする。体感として駅までもう往復している気分だ。早く家に帰ってお風呂に入りたい。  「今日はありがとうございました。パーティーも食事も」  まもなくマンションが見えたところで、志築くんが、小さな声をこぼした。周囲は繁華街から離れたせいで、静まり返っており、いくら小さな声でも十分大きく聞こえた。  「こちらこそ、ご馳走様。また明日ね」  「え?あ、……ここですか」  私が足を止めたので志築くんは気づいたのだろう。彼の言葉に小さく頷けば、困ったように形のよい眉をへにょりと下げた。  「非常に申し上げにくいんですけど、俺も此処なんです」      
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