4485人が本棚に入れています
本棚に追加
せっかくこちらが気を遣ったのに、志築くんはあっさりと口にした。
「彼氏のことですか」
慌てて視線を彷徨わせたけど、イヤフォンをしている人の方が多い上、電車が走る音の方が大きい。誰も気にしていないと気づいて少しだけホッとする。
「……じゃあ、その件について話したいので時間をください」
「……何を話すの?」
「その彼氏とやらのことを」
つり革を持ちながら横目で彼を見れば、隣で私を見下ろす彼の目が悪戯に弓形になる。なんだか随分他人行儀だな、と思っているとその言葉を裏付けるような証言が吐き出された。
「………あれは嘘ですよ」
こそっと耳元で囁かれた言葉に驚いて顔を上げる。志築くんは悪戯が成功した子どもみたいに無邪気に笑うと、唇に人差し指をあてた。
内緒にしろってことらしい。
わかった、と頷けば全く予想だにしない言葉が返ってくる。
「ってことで、飯行きましょう」
「だから、どうして、“ってことで”なの」
「一人飯寂しいじゃないですか。同じマンションの住人なので仲良くしてください」
「いやいや、意味わからないわ」
今日は諦めるとかなんとか言ってたんじゃなかったのだろうか。私の気のせいではなかった気がするのだけど。
「明日休みですし」
「それとこれは違うでしょ」
「違わないですよ。明日、冷蔵庫の中のもの食べればいいでしょって話です」
本当によく回る口だ。
私が何を食べようか自由なはずなのに。
このワンコの言葉に強制力があるはずないのに、何故か私は彼の言いなりになってしまっている。
最初のコメントを投稿しよう!