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 せっかくこちらが気を遣ったのに、志築くんはあっさりと口にした。  「彼氏のことですか」  慌てて視線を彷徨わせたけど、イヤフォンをしている人の方が多い上、電車が走る音の方が大きい。誰も気にしていないと気づいて少しだけホッとする。  「……じゃあ、その件について話したいので時間をください」  「……何を話すの?」  「その彼氏とやらのことを」  つり革を持ちながら横目で彼を見れば、隣で私を見下ろす彼の目が悪戯に弓形になる。なんだか随分他人行儀だな、と思っているとその言葉を裏付けるような証言が吐き出された。  「………あれは嘘ですよ」  こそっと耳元で囁かれた言葉に驚いて顔を上げる。志築くんは悪戯が成功した子どもみたいに無邪気に笑うと、唇に人差し指をあてた。  内緒にしろってことらしい。  わかった、と頷けば全く予想だにしない言葉が返ってくる。  「ってことで、飯行きましょう」  「だから、どうして、“ってことで”なの」  「一人飯寂しいじゃないですか。同じマンションの住人なので仲良くしてください」  「いやいや、意味わからないわ」  今日は諦めるとかなんとか言ってたんじゃなかったのだろうか。私の気のせいではなかった気がするのだけど。  「明日休みですし」  「それとこれは違うでしょ」  「違わないですよ。明日、冷蔵庫の中のもの食べればいいでしょって話です」  本当によく回る口だ。  私が何を食べようか自由なはずなのに。  このワンコの言葉に強制力があるはずないのに、何故か私は彼の言いなりになってしまっている。
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