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 誰かと手を繋いで歩くのは初めてのことだった。ずっと昔、まだおばあちゃんの脚腰が丈夫だった頃、手を繋いで公園に行った朧げな記憶はある。  だけど、あの時とは比べ物にならないぐらい、角張った大きな手が私の手を包み込んでいた。  体温もずっと高い。夏が始まり、じめっとした空気なのに、この手の温かさはいやじゃなかった。  「朝、10時にマンションのエントランスで待っててください」  「……10時って早いと思うのだけど」  「峰さん、休みの日は寝坊するタイプですか?仕事も休みの日も問わず規則正しい生活をしてそうなんですけど」  そう指摘されて言葉に詰まる。なぜなら志築くんの言葉が正解だからだ。  会社は9時から始まる。だから、10時なら早くはない。だけど、心の余裕がないせいかとりあえず何とかして断ろうとする心理が働いた。  「……どうして私なの。志築くんなら他にもっと……私じゃなくてもいい人いるでしょう」  「確かに、世界人口約79億人の中の一人ですね。縮小して日本人口と考えても1億2000万分の1だ。おめでとうございます」  「いやいや、おめでとうじゃな…」  もうまもなく、マンションだというのに、彼は手前の電信柱の陰で立ち止まった。  その表情は見たこともないほど真剣だった。  「好きになる気持ちに理由って必要ですか?理屈じゃないと思うんですけど」
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