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 心が追いつかない私を志築くんは簡単に引き離していく。そのくせ立ち止まって振り返っておいでおいでするのだ。  「プールじゃなくても海でもいいですよ。いつか沖縄とか行きたいですね」  泳げない私にとってプールも海もたいして変わらない。だけど、彼の「沖縄」という言葉に少しだけ心が揺れた。  「沖縄行ったことあります?」  「……ないわ」  正直に話すと、旅行は高校生の修学旅行で北海道に行ったきり。おまけにスキーやらスノーボードやらすることになり、運動音痴の私には非常に過酷で最早いじめのようなものだった。  「凄く海が綺麗です。あと、人が優しい。時間がゆったりなんですよ。俺、沖縄に縁もゆかりもないけど好きなんです」  彼は小さな子どものように笑う。  聞くところによると、学生時代は貯めたお金で色んな所に旅行に行ったらしい。  私は休みに家族と出かける習慣がなかったせいか、旅行なんて考えることがなかった。  行きたいと思わないわけじゃない。  ただ、行こうと思わないのだ。  「じゃあ、とりあえず来週は水族館でもいきますか?」  やっぱり彼はおかしい。話の脈絡が何故そうなる。  どうして、「じゃあ」なのかわからない。  だけど、なんとなく沖縄から海繋がりで水族館にしたのかな、と推測したら「多分ちがいます」と笑われてしまった。
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