『引き裂かれた恋人』2

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『引き裂かれた恋人』2

「おい! これを見ろ! コットンの燃えカスだ。帰って成分を調べないと何が染み込ませてあったのかは分からないが、今回の人魂は人為的な物だ」 「誰が? どうやってです?」 「ん?」 「だから、私達以外の誰がどうやってそれを操っていたんですか?」 「……そうですよね……僕達以外ここには誰も居ないですし、居たとしてもあんな的確にスミスさんの墓の上で火の玉消せますかね……」 「う……帰って考えてみよう」  そう言ってエドワードはコットンを小さな袋に詰めてしっかり蓋をすると、それを乱暴に鞄に押し込んだ。 「僕も調べてみます。このジョン・スミスさんを」 「ええ、そうですね。それが良さそうです」  伊織の言葉にクリストファーは頷き、今日はこのまま解散になった。  そして翌日、伊織は会社の資料室でまずはあの墓地の歴史を調べていた。  墓地の歴史はまださほど長くはない。創設者は既に亡くなっているようだが、今は親戚の人が管理をしているようで、伊織はその管理者に話しを聞きに行く事にした。 「お待たせしてしまって申し訳ありません。郷土研究の記事ですか! そんな事にうちの墓地が選ばれるなんて光栄です!」  男は奇しくもジョンと言った。金髪が眩しいなかなかの美青年だ。人当たりが良さそうな笑顔に伊織も思わずつられて笑ってしまう。 「この墓地を作ったのは私の曽祖父なんです」 「曽祖父? 親戚だなんて言うから、てっきりもっと遠い親戚の方かと思っていました」  伊織の言葉に青年は申し訳なさそうに笑った。 「あはは! 確かにそう思われてしまうかもしれませんね! すみません。えっと、それで創設者の話、ですよね? 当時この辺りでそれはそれは大きな火事が起こったそうなんです。曽祖父は命からがら逃れたそうですが、その火事によって亡くなった方達は大勢いました。その時に亡くなった方達をここに祖父が埋葬したのが始まりだと聞いています」 「そうだったんですか! 曾お爺様は素晴らしい方ですね! さぞかしご遺族の方達も喜んだ事でしょうね」  素直に素晴らしいと思った伊織は手放しに褒めた。そんないきさつがあった墓地なのか。  ところが、伊織の言葉に一瞬ジョンは表情を暗くして口を開いた。 「どうでしょうね。ただの罪滅ぼしだったんじゃないでしょうか」 「……罪滅ぼし、ですか?」 「ええ。昔、ここに小さな博物館があったんです。曽祖父は当時、その博物館で庭師として勤めていました。ところが事件があった日、曽祖父はたまたま気分が悪くなったと言って仕事を早く切り上げて帰路についたそうなんです。曽祖父が博物館を出たその直後、曽祖父が勤めていた博物館が燃えました。そこから火は一気に広がり、辺り一帯を燃やし尽くし、何十人もの犠牲者が出たんです」 「そ、それは……まさか……」  顔色を悪くして伊織が言うと、ジョンは肩を竦めて泣きそうに顔を歪める。 「証拠は何もありません。ですが、一介の庭師ごときにこんな墓地を建てられるでしょうか? 祖父も父も曽祖父は偉大な人だった。資産を全部投げ売ってここを建てたんだと言います。ですが、どうにも私には納得できないのです。何故なら、独自に調べていた時にその博物館の燃え跡からある物が消えていたと知ってしまって、それ以来僕は曽祖父への疑念が拭えないのです」 「ある物、とは」 「宝石類です。いくつかの宝石と、大きないわく付きのブラックダイヤ、そして大きなホワイトダイヤが無くなっていました。特にこの二つは対として博物館に飾られていたそうなんですが、この火事に乗じて誰かが持ち出し、そのまま消えてしまったんです」 「えぇ⁉」 「これを聞いて、僕は思いました。もしかしたら曽祖父は宝石を持ちだし、その宝石を売って金に換えてあの墓地を建てたのではないか、と」 「そ、それはいくら何でも……」  伊織が困ったように言うと、ジョンもまた困ったように笑って言った。 「あ、今のはここだけの話にしておいてください。僕がそんな事を言ったとバレたら、家族に𠮟られてしまいます」 「え、ええ、もちろんです! お忙しい中ありがとうございました! あ、最後にもう一つお聞きしたいんですが、ジョン・スミスという方をご存知ですか?」 「ジョン・スミスですか? ああ、それは――」  伊織は急いで頭を下げてジョンと別れ、その足でクリストファーの屋敷に急いだ。もちろんエドワードにも連絡をして。  到着するなりジョンから聞いた話を興奮気味に話し終えた伊織は、クリストファーが出してくれた不思議な匂いのお茶を一気に飲み干す。 「と、いう訳なんですよ! どう思いますか⁉」  少し前に書いた消えた楽譜とは違う、それこそ本気のミステリーである。興奮するなという方が無理だ。  一部始終を聞き終えたクリストファーが珍しく困ったようにため息を落とす。 「困りましたね。こんな所でどうやら私の依頼と被ってしまったようです」 「どういう事です?」 「私に今回きた依頼の内容は、消えた二つのダイヤを会わせてやって欲しい、という依頼だったんですよ」 「ダイヤを……会わせる?」 「ええ。鉱石というのは不思議で、力のある鉱石にはそれぞれ力のある妖精が住んで居ると言われています。何故かと言うと、強い鉱石はそこにあるだけで不思議な事象を引き起こすからです。一番有名なのはやはりホープダイヤでしょうね」 「あれは嘘も多いだろうが」 「ええ。中には宝石に箔を持たせるため、もしくは値段を吊り上げる為に作り話も混ざっています。ですが、だからと言って全てが嘘という訳でもない。そして今回の二つのダイヤ。これらは二つ揃って初めて完成品なんです。二つが共に無いと、お互いの力が強すぎて災いをもたらしてしまう。だから私の依頼人は、二つのダイヤを会わせてやってくれと依頼にきた訳です」  それを聞いてエドワードはフンと鼻を鳴らす。 「バカバカしい。そんな訳あるか。実際、何も起こらないじゃないか。世界は今日も正しく回っているぞ」 「そうですか? 世界はいつだって歪ですよ。けれど、結局あのジョン・スミスについては何か分からなかったんですか?」 「分かりましたよ。ジョン・スミスさんというのが博物館の管理者だったそうです。いえ、その名前を使っていたそうです」 「使っていた? 本名では無かったという事か」 「そうみたいです……」 「墓の創設者も怪しいがその博物館の管理人とやらも相当だな」 「墓でも暴きますか?」 「言うと思った。お前は本当に手段を選ばないな。よし、俺が明日聞いておいてやろう」 「エドワードさんも暴く気満々じゃないですか! 全くもう。駄目ですよ、他人様のお墓なんて暴いちゃ! とりあえずもう少し調べてみましょう。僕は当時の博物館を知っている人に当たってみます」 「では私はジョン・スミスについて調べてみましょう」 「俺は人魂だな。どんなカラクリを使ったか、徹底的に調べ上げてやる」  そう言って意気込んだエドワードに笑いながら、三人は別れた。  伊織は翌日から三日ほど会社に泊まり込んであちこちに電話をしまくっていた。  けれどジョンの言う博物館はどうやらとてもマイナーだったようで、誰も存在すら知らないという。どれだけ探しても何の資料もなく、手掛かりすら掴めないでいた。  伊織が会社に泊まり込んでいる間、食事は楓と桜が交互に持ってきてくれて妹の有難さを実感していたのだが、ある日、ふと桜が弁当を持ってきた時に言った。 「お兄ちゃん、そう言えばね、私達の行く高校にこの辺の歴史に詳しいっていう先生が居るんだよ。凄く綺麗な人なんだ」 「え、なんでまだ通ってもないのにそんな事知ってんの?」  学校が始まるのは九月からだ。まだ八月なのだが?  不思議に思った伊織が尋ねると、桜は突然スマホを操作してあるページを見せてくれた。それは双子が九月から通う学校のコミュニティのようだ。 「少しでも早く慣れたくって、楓ちゃんと登録したの。明日皆がロンドン案内してくれるんだって」 「え⁉ も、もう友達いるの?」 「うん」  そう言って楓は微笑んだ。どうやら留学が決まった時に九月からよろしく、という意味を込めて学校のコミュニティに参加していたようだ。この双子の隔たりの無さが少し羨ましい伊織である。 「そうなんだ。何て先生?」 「ジェーン先生。歴史担当の先生だよ。もう大分長い事同じ顔だから学校では親しみも込めて魔女って呼ばれてるんだって」 「……魔女」 「うん。もしかしたら何か知ってるかもね」  そう言って桜は伊織に弁当を手渡して帰って行ってしまった。  伊織は桜から受け取った弁当を食べ終え、スマホを手にして九月から双子がお世話になる学校に電話をして事情を説明すると、ジェーンは事情を聞いてすぐさま快諾してくれた。  翌日、伊織がお土産に菓子折りを持って指定された公園に行くと、そこにはハッとするほど美しい黒髪の美女が居た。  美女は伊織に気付いたのか、にこやかに立ち上がってこちらに近寄ってくる。 「あなたが桜と楓のお兄さん?」 「あ、はい。九月から妹達がお世話になります。ジェーン先生、ですか?」 「ええ。今日は私に聞きたい事があるって桜から聞いたんだけど、何かしら?」 「あ、はい。まずは自己紹介を。僕は迷宮事件奇譚の長谷川伊織と申します。今日はどうぞよろしくお願いします。あ、これつまらないものですが、どうぞ」  そう言って伊織が頭を下げてお土産を渡すと、ジェーンは笑顔で頷いてお土産の中身を見て顔をさらに綻ばせた。 「まぁ! オルガニカのお菓子とお茶のセット? 私、ここのなら食べられるのよ!」 「桜が教えてくれたんです。喜んでもらえて良かったです」  それから二人は公園のベンチに腰を下ろして、ジェーンが淹れてくれたハーブティを飲みながら事情を話し出した。 「……そうね、その博物館の事は私も色々調べたわ。でも誰も覚えていなくて当然よ。だって、その博物館は一般開放されていなかったの」 「え?」 「表向きはね、ただの大きなお屋敷だったのよ。住んで居たのは老夫婦。二人とも無類の宝石好きで有名だったわ。そんなお屋敷が何故博物館と呼ばれていたのか。それはそこで宝石のオークションが行われていたからなの。だからしょっちゅう色んな人が出入りしてた。そのせいで庶民は入れない博物館だなんて呼ばれていたのよ」 「だから誰も知らないんですね……」 「ええ。老夫婦の名前はジョンとジェーン」 「同じ名前……?」 「そうなの。だから興味を持って調べたのよ。そうしたら不思議な事が分かったの。ジョンとジェーンの屋敷には大きな二つのダイヤがあった。それだけは絶対に彼らは手放そうとしなかったらしいわ。どうしてか分かる?」 「……いえ」 「まるで我が子の様にその宝石を可愛がっていたからよ。宝石にはしばしば妖精が宿ると言われてるわ。もしかしたら老夫婦はその妖精達の存在に気付いたのかもしれないわね。名前をつけて毎日磨いて、それはそれは可愛がっていたそうよ」 「何だか……凄いですね。僕なんかはただの石だと思うんですけど、そこまで思わせる程、その二つのダイヤは何か不思議な力があったんでしょうか……」  感慨深く頷いた伊織に、ジェーンも頷く。 「二つのダイヤは離れていた時間があまりにも長かった。でも、このジェーンとジョンによって対に戻る事が出来たの。ところが……あの事件が起こってしまった。警察の調べでは表向きは夫婦の火の不始末となっていたけれど、実際は違う。あれは放火よ」 「……そんな……ダイヤはまた離れ離れに?」 「……ええ。今もずっとお互いに探し合っているわ、きっと」 「まるで恋人同士のようですね……会わせてあげないと可哀相です」  しんみりした口調で伊織が言うと、ジェーンは声を出して笑った。 「やっぱり桜のお兄さんね! きっと博物館で調べても何も出て来ないわ。宝石商、オークション、そしてあの墓地。そこから探ってみるといいと思うわよ」 「はい! 今日はありがとうございました!」 「こちらこそ、楽しいひと時だった。あと、お菓子もありがとう。頑張ってね、お兄さん」 「はい!」  そう言って伊織はジェーンと別れて会社に戻ろうとしたが、スマホにエドワードからメッセージが届いている事に気付いて、そのままエドワードの自宅に向かった。 「お疲れ様です、伊織です」 「ああ、入れ。人魂の正体が分かったぞ」 「えっ!」  案内されるがまま伊織は室内に上がってソファに座ると、それを確認しかたかのようにエドワードが一枚の紙きれを机の上に置いた。 「これは?」 「あのコットンに染み込んでいた物の正体だ。主な成分はエチレングリコールにホウ酸その他諸々で、子供にも作れそうな簡単なものだ。そして俺はあれからもう一度昼間にあの墓地に行ったんだが、面白い物を見つけたぞ」 「面白い物?」 「ああ。火の玉が誰も居ないのに飛んでた仕掛けだ」  そう言ってエドワードが机に置いたのはタイマーと電動式リールと針金と釣り糸だ。伊織は電動式リールを見てゴクリと息を飲んだ。 「これは……」 「ああ。恐らくだが、墓地内に張り巡らせた釣り糸に、コットンと針金を結び付けた仕掛けをひっかけ、時間になったら電動式リールで回収するようにセットしていたんだ。そしてさも火の玉が飛んでいるかのように見せた」 「……ではどうやってスミスさんのお墓の上で毎回消えるんです?」 「スミスの墓の側にまだ新しいセロハンテープが落ちていた。そこから推測するに、最後の仕掛けの固定場所はスミスの墓だったんだろう。コットンが消えるまでの時間を計算すれば容易い事だ。とは言え実験した訳じゃないし、これだってたまたまあっただけかもしれん。ただ、この道具を見て思いつく事と言えばそれぐらいだろう」 「なるほどぉ……凄いですね、エドワードさん」 「エドでいいぞ。だが誰がこんな仕掛けまで作ったのかが分からん。そもそも、こんな事をしなくてもどうせ火を付けるのは直前でなければならないんだから、それこそ釣り竿とかで良かっただろうに……それに今までこの仕掛けが見つからなかったのもおかしな話だ。人魂が出ると噂になっているぐらいなら、誰か一人ぐらいは正体を暴いてやろうとしても良かっただろう?」  腕を組んで考え込むエドワードに伊織も頷いた。確かにその通りだ。  日本でもどこでもオカルト好きはそういう噂がある場所には必ず喜び勇んでやってくるという。それなのに雑誌社に持ち込まれるほど有名な火の玉だというのに、何故誰もこの仕掛けに気付かなかったのだ。 「まぁ何でもいい。とりあえず火の玉の謎は解けた。それで、お前は何か手掛かりは無かったのか?」 「あ! それがさっきまでジェーンさんっていう高校の歴史の先生に会っていたんですが――」  話し終えた伊織の話を聞いて、エドワードは不敵な笑みを浮かべる。 「面白そうだな。墓を作った老人もだが、その老夫婦がもう怪しさ満点だ。どれ、ちょっと調べてみるか」  そう言ってエドワードは徐にパソコンの電源を入れてまわった。まわったと表現したのは、エドワードの部屋のパソコンはモニターが四つもあるからだ。そしてパソコン本体は引くほどデカイ。こんな物どこに売ってるんだと思う程だ。  しばらくして何か面白い物でも見つけたのか、エドワードが突然笑い声を上げて何かをプリントしだした。そしてそれを伊織の胸に突きつけてくる。
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