鬼軍曹に花束を

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「それでは箱崎さんから、一言お願いします」  さっくりと無難にスピーチをまとめた後、支店長は私にマイクを向けて来た。深く息をつき、マイクを手に取る。 「今支店長の口から鬼軍曹という言葉を聞き、非常に懐かしい思いで胸が熱くなりました。長年勤めておりますと、様々な人間と仕事をする機会に恵まれます。特に広告という仕事は企業にとって業績を左右する非常に重要な仕事でありますから、自然と将来を期待されるような、有望な若者たちが送られてくる登竜門的な場になるわけです。特にその中でも……私にとって一番弟子とも言える存在が、高久君でしょうか」  一呼吸置くふりをして、様子をうかがう。名前に聞き覚えがある人間も少なくないのだろう。あちこちでどよめきが起こった。 「皆さんもご存知の通り……高久君は現在では史上最年少の役員として北米支社の統括支部長に就き、主に医療分野における光学機器の技術開発に取り組まれております。私が彼と一緒に仕事をしていたのは、かれこれ二十年程前の事でした。皆さんもご存知のデジタル一眼レフカメラQシリーズ……今でこそ業界トップシェアを誇るエントリーモデルとしての地位を不動のものとしたQシリーズですが、当初玄人向けのプロユースモデルとして開発されたあの製品を、初心者向けとして大々的に打ち出す事を決めたのは、何を隠そう私と高久君なのです」  初めて披露するエピソードに、それまで我関せずと退屈そうに待っていた連中までもが、顔を上げる。  高久は今では業界の風雲児として、経済誌や業界紙に取り上げられる事も多い有名人だ。社内どころか、一般人でも彼の顔を見た事があるという人は少なくないだろう。お前達が疎んじていた老害は、その育ての親なのだぞ。心中でほくそ笑みながら、私は胸を張って話を進めた。 「苦境に陥っていたQシリーズの低迷を打破すべく私が抜擢したのが、当時から創意工夫と熱意に満ち溢れていた高久君でした。毎日のように夜通し額を突き合せ、喧々諤々と意見を突き合せる中で生まれたのがエントリーモデルとして売り出そうという逆転の発想です。もちろん開発部からは猛反対を受けましたが、時間を掛けて説得を重ね、了承を得る事ができました。結果は皆さんのご存知の通り、今では初心者からプロユースまで幅広いニーズに応えるエントリーモデルとして、カメラ好きであれば誰もが一度は手にするであろうロングセラー商品になりました。あの一件が高久君が大きく飛躍する第一歩になったのは間違いありません。私が退職した後も、きっと高久君は我が社を引っ張って行ってくれる事でしょう。皆さんもさらに精進を重ね、第二、第三の高久君になれるよう精一杯頑張って行って下さい」  盛大な拍手が舞い起こる。心なしか、私に向けられる視線に敬意が感じられるようになった気がした。
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