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緊張をほぐすため、僕らは奥のトイレで休憩することにした。と言っても、男性陣だけである。ランプは中に持ち込み、女性陣は暗闇の中で待機だ。
鉄子は今回は頑なに使用を拒否し、妙子は何故か今回もその必要がなかった。
ネズミ君と並んで用を足しながら、人生で生まれて初めての連れションなるものを経験する。
「しかし、凄いね、ここの学園。あんなに豪華なものを短時間で用意しちゃうんだね」
ネズミ君は「ああ?うん」とか言って、素っ気ない返事。
隣の彼を見ると、不愉快そうな顔をしていた。あれ?どうしたんだろう。この顔、どこかで見たような。ああ、そうだ。確か玉音銀次郎と向かい合ったときの。
「なあ、勇者。あそこまでする必要あると思うか?」
モンスターは僕らに倒されるために異世界から召喚されている。でも、だからといって粗末に扱ってもいいなんて言えない程、時代は進んでいる。矛盾はしているが、彼らだってそれなりの処遇を受けて然るべき、か。
「親父の頃にはこんなダンジョンはなかったんだよ。あるにはあったけど、単なる格闘場みたいなもので。学園も、もっと雑然とした感じだったようだぜ。ま、素性がいいとは言えない奴らが集まってたから、今じゃ公に出来ないようなことも色々とあったようだけどな。その頃に比べりゃ、誰もが居心地のいい環境になった。でも流石にあれはやり過ぎだろ。モンスターの評判は良くなるかもしれないけど、だったら召喚するなよって話」
そこで終了したために、話はそれ切りになってしまった。ちゃんと手を洗って外に出る。
女性陣はマッピング用ボールペンのライトで顎の下を照らして遊んでいたから、ギョッとしてしまった。オバケが苦手な鉄子も、こういうのは平気なのか。
今日は先週、独出君が入っていったドアから探索してみる予定である。おそらく通路だろうということで、ネズミ君が、あまり警戒もせずにとっとと開けてしまう。
あとに続きながら、さっきのことを考えた。ネズミ君は玉音のお父さんが金の力で学園の理事になったと言っていたよな。
玉音もそのお陰で学園が運営されていると言っていた。ということは、ゾンビの部屋にあった備品も彼のお父さんの財力によって用意されたということだろうか。
そう言えばネズミ君は、自分は学費があっても構わないというようなことも言っていた。けれどそれだと僕はここには来れていないわけで。
どうやら玉音のお父さんが理事であることと、学園が今の姿であることとの間には、一定の関係があるようだ。
けど、それが学生たちにどう関係があるのだろう?
「おっと、どうする?勇者」
扉の向こうは案の定、通路が伸びていた。少し進んだ左側の壁に扉が付いていた。
「入ろう」
即座にそう答えてしまった。通路はまだ伸びているようだったから、後から考えればその先を確認してから扉を開けても良かったのだが、そのときは頭になかった。
このときの僕の決定があとであんなことになろうとは、まだ知る由もなかった。
「よし、鍵はかかってないな」
施錠されてないことを確認すると、ネズミ君はランプを掲げて後ろに下がった。その確認だけなら盗賊でなくても出来るのだが。
妙子がゲンちゃんを抱き上げたのを確認して、ドアノブを回して手前に引いた。ダンジョンの扉は地上のものと変わらない。
「どすこい!」
気合一発、鉄子が飛び込んでいく。
ネズミ君のランプが玄室内を駆け巡り、何本かの触手を持ったような生物の影を写した。一体、二体、結構いるな。硬い外骨格を持つ巨大な昆虫のような生き物か?
「でぇい!」
鉄子が上段から竹竿を振り下ろした。ガキィン!と、金属がぶつかるような大きな音がした。
「ぁ痛った!」
カランカランコロンと、石床の上に転がる竹竿。相手が硬すぎた衝撃で、手が痺れて落としてしまったようだ。
ならばと、僕がナマケモノの剣の一撃をお見舞いしてやる。重い片手持ちの剣をよっこらせと振りかぶり、敵を射程に捉えた。だが。
「待て、勇者!切るな!」
ネズミ君の鋭い声が僕を止めた。
「そいつ、ラットプルマシンだ!」
え?何?ラッコ顔の美人?どこに?
「こんなのって有りかしら?」
鉄子は怪訝な顔で辺りを見回す。
今しがた彼女がシバいたものは、モンスターではなく、鉄とワイヤーで作られたオブジェのような器具だった。
よく見ると、部屋の中には似たような器具がたくさんあった。
「間違いない。ここスポーツジムだ」
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