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ゴールド小僧
休日を挟んで、翌週も僕らはダンジョンに降りて行った。
シュボッと、ネズミ君がライターを使ってランプに火を入れる。
黴臭いにおいがして、ボンヤリとした光が闇を照らした。
いつものように、ネズミ君が先頭。次に僕、マッパーの妙子と続いて、しんがりが鉄子という隊列を作って進む。
その足元で、ゲンちゃんのチャッチャという足音が石床を削っていく。
真っ直ぐに進み、三枚の扉の分岐点へ。ジグザグ回廊をジグザグしてから、ゾンビの部屋の前で小休止である。
「くっさ〜い」
あからさまに鉄子が嫌そうな顔をした。
「出来るならこの部屋を通るのは最後にしたいよな」
とか言いながら、ネズミ君がリュックの中をガサゴソやっている。
ゾンビの部屋は通路兼用になっているため、どうしても通過する必要があった。
もっとも、ゾンビはオトモダチ・モンスターであるため、うまくすれば戦わずに済むのだが、僕らは初対面で最悪の印象を残してしまっている。
「よし、お前ら、これに乗って行くぞ」
と、ネズミ君が取り出したのは、乗り物ではなく、人数分×2の、雑巾だった。
「いちいち靴を脱いでたら面倒臭いだろ。雑巾に乗っていけば、床も汚さないし、かえって掃除してるように見えるしな」
靴のまま雑巾に乗り、ズリズリとすり足で進もうという作戦だ。
「本当にこんなのでうまくいくかな?」
「小学生男子の発想よね」
「だったらお前らは何かあんのかよ」
「ノープランだけどさ」
「つべこべ言ってないで、さあ、乗った、乗った。妙子、その短足猫落とすなよ」
「だ、大丈夫ですよぉ!」
慌ててマッピングノートをバッグにしまい、ゲンちゃんを抱き抱えた妙子。
「お邪魔しま〜す」
おずおずとドアを開けてみると、中が明るい。燭台に火が灯されている。
「うわ、綺麗」
と、思わず声が漏れてしまった。
先日、どこかの乱暴なパーティがグチャグチャに部屋を荒らしていったのだが、綺麗になっていた。
学園がメンテナンスしたのだ。
家具は全て新しくなり、思わず友達を呼びたくなるような、そんな部屋に変貌していた。
僕らが入っていくと、驚いたことに客人が招かれていた。客人は僕らに背を向けていたが、その背中に見覚えがあった。
「おい、ガーゴイルいるじゃんかよ」
雑巾をズリズリさせながら、ネズミ君が僕の耳元でヒソヒソと囁く。
「しーっ!刺激しないようにそーっと進もう」
彼らには、僕らを恨むだけの十分な理由がある。連携して襲ってこられたら、たまったものではない。
みんなで気持ちの悪い作り笑顔を見せながら、不恰好にズリズリと歩いていく。
モンスターたちは新しいダイニングテーブルを挟んで、新しいティーセットで午後の紅茶を楽しんでいる最中だった。
ゾンビが上機嫌で盛んに身振り手振りをしながら、何やらゴガゴガと熱弁を奮っている。
チラッとゾンビと目が合い、軽く会釈を交わす。ゾンビは客人との会話に忙しくて、僕たちを構っていられないようであった。
しめしめ。そのまま会話に夢中になっていてくれ。
問題は、ガーゴイルの隣をパスした後である。どうしたってガーゴイルの視界に入らざるを得ない。なるべく顔を壁に向けて、急ぎ足で通り抜ける。
どうかあいつが僕らだって気付きませんように。もし顔が合ってしまったら、笑顔、笑顔。笑顔でごまかす。世界で一番、これ以上ないくらいの、とびっきりの笑顔。えへへ、えへへ〜。
そのうちに、なんとか出口に着いた。無事全員が通過して、バタン!と扉を閉めたときには、みんな一斉にフーッと大きな息を吐き出した。
あー、緊張した。
「おい、勇者」
「何?」
「いつまで笑ってんだよ、気持ち悪いな」
笑顔は気持ち悪い。それが今日、僕が学習したことだ。
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