第一部 【第一章 初めてお話ししますよね?】

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「……は?」 「ちょっと、何の連絡もないわよっ⁉」 「なんで王子様が僕らの家に……」 「……‼(驚きの表情)」 「へ、こっわ……俺なんもやらかしてねーよな⁉」 「えっ……ちゃんと化粧して来てるわよね、うん」  全員が全員驚き、約一名を除いて混乱の声を上げる。  なぜなら、アンセストラルでは用事があるときは王族が貴族などを呼びつけるのが慣例となっているからだ。王子が自ら公爵家に足を運ぶなんて、ここ数年では視察くらいしか聞いたことがない。ましてや連絡もなしに現れるなんて、これで驚かない人がいるというなら見てみたいものだ。 「……仕方がない、私が行ってこよう。皆はとりあえず身なりを整えておいてくれ」  一家の大黒柱であるクロマティが、心底嫌そうな顔をして立ち上がった。  いろいろあって公爵位を持ってはいるが、中身はめんどくさいことが嫌いなちょっと仕事が出来るだけのおじさんである。だから、王族とかいうめんどくささしかないものには関わりたくないのだ。 「いえ、レミリオ殿下はティアリスお嬢様をお呼びで……」 「……は? なんで僕たちのティアリスを王子なんかに会わせなきゃいけないのかな?」 「おいティアリス、二日前の舞踏会はちゃんとその化粧して行ったんだよな?」  ティアリスが反応するより前に、金髪の兄二人が声をあげ、 「……(ぎゅうっ、ふるふる)」 残った黒髪の兄は抱きついてきた。 「な、なんで私なのか聞いてます?」 「よく分かりませんが、『二日前の舞踏会に来たティアリス嬢はいるかな?』とおっしゃられましたので……」  おどおどしながら執事長が状況を伝えてくれる。 (まずい、本当に微塵も心当たりがないわ……。でも、これで王子様の機嫌を損ねても大変なことになりそうね……) 「ティアリス、ほんとにその顔だったんだよな?」 「当たり前です!」  ティアリスはしつこく尋ねてくるミリスにそう吐き捨て、キースを剥がして立ち上がる。 「何も心当たりはありませんし、この顔でしかお会いしたことはありませんが、王族からのお願いでしたら逆らわないほうが賢明でしょう。行ってまいります」 「ティアリス、無理に行かなくても私かクリスが―――― 「行ってまいります」  そう言って、素早く部屋から出る。まだ父と兄たちが何か言っているのが聞こえるが、王族を待たすとか考えたくもないので無視だ。 (とは言っても、王子とは会話したことはもちろん目があったことすらないのよね……。なのに私が名指しってことは、舞踏会で何かあったのかしら?) 「ねぇアリス、何があったんだと思う?」  ちなみにアリスはティアリスが食堂を出たタイミングで一緒に出てきている。ここまで完璧に気配を消してついてくるなんて、さすが優秀な侍女である。 「そうですね……楽観的に考えるとしたらあの舞踏会で何か事件が起きた、最悪の場合を想定するならば殿下がとち狂ってティアリスお嬢様に興味を持ってしまった、といったところでしょうか」 「後者はないと思うけれど……分かりやすく刃物を使った傷害事件くらいで終わっていて欲しいわね……」  割と鋼に近い精神を持つティアリスであれど、さすがに不安になってしまう案件だ。 「レミリオ・リ・アンセストラル王子殿下、大変お待たせいたしました。私がルミエール公爵家長女のティアリス・ルミエールと申します」  型どおりの口上を述べ、スカートをつまんで淑女の礼をとる。社交界を捨てているとはいえ公爵令嬢なので、その辺のことはしっかり仕込まれている。  本来はここで『顔を上げなさい』と言われるはずなのだが、いつまでたっても声がかからないので顔を上げると―――― (う、わぁ……!)  ……毎日の生活で美形は見慣れているティアリスでも一瞬見とれてしまうような、天使と見まがう青年が立っていた。  天の川の星をあつめて出来たようなうつくしい銀髪に、森の奥地に湧く泉のような碧眼。雪をも欺くような真っ白い肌に、すらりと長くのびた形のよい手足。  欠点を探すほうが難しいような、どこをとっても完璧な容姿をしている。夜会で見かけるたびに綺麗だなとは思っていたが、この距離で見るともう圧倒されるほどだ。
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