3人が本棚に入れています
本棚に追加
「いや、全然待っていないから大丈夫だよ。朝食中だったのだろう? 失礼をしたね」
にこっと優しい笑顔を浮かべてそう言ってくれたレミリオに、「ありがとうございます」と微笑を返す。
メイドに案内されてやってきた応接室を見渡すと、レミリオの他にもう一人男の人がいた。
「殿下、さすがにこの地味娘が『薔薇の君』
とは思えないのですが……」
「だから、顔とか髪とか胸とかはどうにかできるものなの! 令嬢にそんなこと言ったら普通に不敬罪だからね?」
言葉遣いや身なりから推測する限り、彼はレミリオの従者だろう。
「いや、それを言うなら足のサイズだって信用ならないのではないですか?」
……何の話をしているのかよく分からない。こちらのことは忘れてしまったのか謎過ぎる喧嘩が始まり、ティアリスとアリスは顔を見合わせた。
(これはよく分からないのだけれど……私が止めてあげるべきなのかしら)
「あの……それで、なぜ私は呼ばれたのでしょう?」
首をかしげ、純真無垢な令嬢に見えるよう努める。
「ああ、ごめんね。ちょっとこの靴を履いてみて欲しいんだ」
そう言って差し出されたのは、ガラス製の靴。細かい薔薇の模様があしらわれていて、作った職人の技術の高さが伺える。というか、ガラスで出来た薔薇が中心に飾られているなど、明らかに人間の技ではないであろう部分さえある。王家直属のガラス職人はここまで腕を磨いているのだろうか。
「この前の舞踏会、ティアリスさんも来てくれたよね?」
「はい、招待状をいただけたので」
さすがに国からのご招待は断れませんからね、という言葉は飲み込んでそう答える。
『この前の舞踏会』というのは、二日前にあったレミリオの婚約者を決める会だ。うつくしく、将来の安定が約束されている第二王子を狙う令嬢やそのバックにつく貴族はとても多い。そのため、数々の令嬢が目をぎらつかせてレミリオに群がっていた。
当のレミリオはそんな令嬢たちには目もくれず、ルミエール家のデータにも記載がない謎の女に夢中になっていた。
ちなみにティアリスはその様子を大広間の隅でケーキを食べながら眺めていた人だ。高笑いをしながら『高いドレスに身を包んだご令嬢方、残念だったわね~!』と言っている様子は悪女そのものだったのだが、幸い誰にも気づかれていないので良しとしよう。
「じゃあ、とりあえずこれを履いてみて。詳しい話はその後にするからさ」
「は、はい……」
初対面の女性に靴を片方だけ履かせる、という謎過ぎる状況に何か嫌な予感がしつつも、王族の命令に逆らえるはずもない。おとなしく指示通り椅子に座りつつ、ちらりとアリスの方をうかがった。
「大丈夫、毒や爆薬の類は仕掛けられておりません。ガラス製のため、針や刃物が仕込まれていることもまずないでしょう」
アリスはティアリスの思いをしっかり汲み取り、小声で伝えてくれた。
ちなみになぜ一介の侍女である彼女にそんなことが分かるのかというと、アリスは元々ならず者の多い貧民街で孤児として生活していたからだ。おかげで拾って一年ほど教育するだけで大抵のことなら出来てしまう完璧すぎる侍女が誕生していた。そこらの暗殺者なら瞬殺出来るほど強いため、今はティアリスの侍女兼護衛を担っている。
そういうわけでとりあえず物理的な身の危険はないことが分かったので、レミリオの従者に靴を履かせてもらう。
「それではティアリス様、失礼いたします」
ガラスの靴は吸い込まれるようにティアリスの足になじんだ。
(わあ、まるでオーダーメイドね。なんでレミリオ殿下が私の足のサイズを知っているのかしら……)
ちなみに、ティアリスの足のサイズは二〇センチメートル。この年頃の女性にしてはずいぶん小さいため、偶然合うなんてことはほぼありえない。
「……ぴったり、のように見えますが」
従者が初めて表情を変化させ、少し驚いたような様子を見せた。
「え、ほんとっ⁉」
それを聞くなりレミリオがすぐ反応し、ガラスの靴を履いたティアリスの右足に飛びつく。そしてその足を触ってみたり、引っ張ってみたり、まわしてみたりと謎の行為を繰り返し、
「あのっ……くすぐったいん、ですけどっ」
ティアリスが限界を迎えそうになったころ。
「本当だ……」
レミリオはティアリスを解放し、おもむろに跪いた。
そして――――
「ティアリス、僕と結婚して欲しい」
何の脈絡もなく、ティアリスに求婚した。
そこからしばらく沈黙が流れ、ティアリスはついに本音を漏らしたのだ。
「……は?」
最初のコメントを投稿しよう!