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ー次の日ー
ギリギリの時間に学校へ着くと、俺はその足で篤史のところへ向かった。
廊下の窓際に立つと、「よう」と篤史がすぐに近づいてくる。
「おはよう」
「もう大丈夫なの?」
「ああ、平気」
篤史の問いかけに答えながら、その先にいる田森理久へと視線を向けると、目が合ったにも関わらずあからさまに顔を逸らされた。
心臓がグッと締めつけられているような感覚が広がる。
「翔、どうした?」
俺の様子がおかしいと気づいたのか、篤史が名前を呼びながら腕を軽く掴んで揺らしてくる。
そんな篤史に「また、後でな」とだけ言い残して、俺は教室へ向かった。
あんなわかりやすく無視することないだろ?
そうさせてんのは俺かもしれないけど、目が合った瞬間にすぐ逸らすって…
今まで一度だってこっちを見た事もなかったくせに…
モヤモヤした感情がどんどん膨らんでいく。
何でこんなにイライラするんだろう?
結局、今日一日まともに授業なんて受けられる状態じゃなかった。田森理久のことばかり考えてしまうからだ。
気がつくと、俺は自然と放課後の教室の裏側にある花壇へと向かっていた。
自分勝手かもしれない。それでもちゃんと話したいって思った。
花壇に近づくにつれて、やっぱり心臓がドクドクと大きく脈を打ち始める。
「おい、田森理久!」
水やりをしている田森理久の名前を呼ぶ。
その声に一瞬だけ動きが止まった田森が、ゆっくりと振り返った。
「佐久間くん、どうしたの?」
「どうしたの? じゃない」
「えっ?」
「気に入らない! やっぱり俺はお前が気に入らない!」
「そんなこと、知ってるよ」
「はっ? 何でだよ。今まで話したこともなかったのに、わかるわけない」
違う。こんな喧嘩腰に話をしたい訳じゃないのに、目の前に平然とした姿で立っている田森理久の姿を見たら、口が勝手に動き出す。
「お前はいつもそうやって顔色一つ変えずに何でも卒なくこなす優等生だもんな」
俺の言葉に、今まで無表情だった田森理久の顔が悲しそうな表情を見せた。
あっ、やっちまった…
そう思ってももう遅い。
「そうだよね。周りから見れば僕はきっとそう見えるんだろうな。特に佐久間くんからすれば真逆の僕なんて気に入らないのも話さなくたってわかるよ」
目を逸らしたまま田森が言う。
そんな顔させたいわけじゃないのに、俺はどうしてこう空回りばかりしてしまうんだろう?
本当に伝えたいことは一つなのに…
上手く言葉に出来ない。
「俺はっ、田森のことずっと気に入らないって思ってた。俺とは真逆で真面目な優等生って感じがして、すました奴だなって…」
「きっと、そう思ってるのは佐久間くんだけじゃないよ。他の人たちだって…」
「だからっ、そう思ってたけど、違うってことに気づいたんだよ!」
「佐久間くん…?」
「あーっ、もう、何て言っていいのかわかんないけど、気になるんだよ。田森理久のことが、頭から離れない」
今俺の中にある一番の本音を口にした。
真っ直ぐ見つめるのは照れくさくて、顔は逸らしてしまっているけど、間違いなく俺は赤くなっているはずだ。
「その感じじゃ気づいてないよね?」
「気づくって何に?」
「ううん…、大した事じゃないから」
さっきの悲しそうな表情じゃなく、少しだけ笑顔になった田森。
「田森もさ、俺みたいなタイプ気に入らないだろ?」
「確かに。佐久間くん以外の人なら絶対に近づかないタイプだね」
「俺以外って、何だよ」
「僕にとって、佐久間くんはずっと憧れだから。ずっとね…」
「それは…? 嫌いじゃないってこと?」
「もちろん。嫌いなわけないよ。出会った時から一度だって嫌いだと思ったことなんてない」
真っ直ぐに目を見て伝えられた言葉は、見る見るうちに俺を恥ずかしさでいっぱいにしていく。
「出会ったって、俺たち話したのってあの辞書の日が初めてだろ?」
「やっぱり…覚えてないよね」
「えっ?」
「僕たち、入学式の日に会ってるんだ」
入学式…
記憶を辿っていく…
「あっ…」
入学式の日、体育館へ向かう途中で気分が悪そうにしていた奴がいて、声を掛けたのを思い出す。
俺は、ゆっくりと手を伸ばして田森理久の掛けている眼鏡を外した。
「ああ、あの時の…」
「思い出した?」
「えっ、あの時の奴がお前…?」
「そう。あの時から佐久間くんは僕のヒーローなんだ」
「ヒーローって…。大袈裟だな」
「いつも心の中で願っていたんだ。『叶うならば、想いよ届け』ってね」
「何だよそれ…」
二人で顔を見合わせて笑う。
ヒーローという響きがくすぐったい。
でも今はまだ二人にとってこのくらいの距離がちょうどいい。
くすぐったいくらいのこの距離が…
「奇跡って本当に起こるんだって、そう思った」
「奇跡?」
「うん。だって、今目の前にこうして佐久間くんがいる。それってすごい奇跡だろ?」
「さっき、無視したくせに?」
「無視なんてしてない。ただ、恥ずかしかっただけ…だし」
「じゃあ、田森も俺のこと…」
「気になる人だよ。ずっとね…」
耳まで真っ赤にして、また顔を逸らされる。
さっきはモヤモヤしたけど、今度は平気だ。
それはきっと、田森理久がシャイな奴だってわかったから。
そして、お互いに同じ気持ちだということもわかったから。
次の日からも、俺は変わらずに篤史の元へ行く。
一つだけ変わったのは、篤史の先にいる読書をしている田森理久へ視線を向けると、恥ずかしそうにしながら小さく手をあげること。
それに答えるように俺は笑顔で「おはよう」と声を掛ける。
あのパッケージのように、友達に会いに来たフリをして、その向こうにいる田森理久の照れ笑いを見に来ていることを、きっと篤史も気づいているはずだ。
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