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あーちゃんとようちゃん
べちゃべちゃの黒く汚れた雪のかたまり。
ぼくらの雪うさぎは未完成――
☆
「うさぎのお目目はね、南天っていう、赤い実を使うのよ」
ひとつ年上のあーちゃんが、いつものようにお姉さん風を吹かしながら言い切った。
「うさぎの目は、赤いだけじゃないよ。学校のうさぎ、みんな黒かったもん」
ぼくは正しいことを言ったのに、あーちゃんは「はああぁっ」と頭が落ちるほど、大きく息をはいてから、
「雪うさぎの目は赤なのよ、決まっているの。知らないなんて、ようちゃん、ダメよ」
大きな丸い目で、ぼくの目をのぞき込む。
「そんなの知らない。でも、ダメじゃないと思うけどな……」
言い返した声は、あーちゃんに届く前に雪の中に消えた。あーちゃんの眼力に負けて、今日も目をそらす。
あーちゃんに見つめられると、ドキドキする。
「ダメよ。今、覚えなさい。雪うさぎの目は、あ・か・い・のよ」
あーちゃんママが乗り移ったようにしゃべる、あーちゃん。
夜から雪が降り出して、朝起きたら、庭一面が真っ白になって、いっぱい積もっていた。
ママに「あーちゃんに見せたい」と言ったら、すぐに、あーちゃんママと一緒にピンクの長靴を履いたあーちゃんが遊びにやって来た。
フワフワの雪の絨毯の上をかけっこして、コロコロ転がっても、今日のママ達はニコニコ。食べてみたら、すごく怒られたけど。
うちのママとあーちゃんママは「親友」だ。パパと結婚する前からのお友達らしい。「じゃあ、あーちゃんとぼくも親友なの?」って聞いたら「それは、これから、ねぇ?」、「どうなるのかしら、ねぇ?」と二人してニマニマ笑い出すので、怖くなってそれ以上は聞けていない。
雪だるまを途中で飽きたあーちゃんが、今度は座り込んで、こんもりとした丸いお山を作り出した。
「なに作ってるの?」
「うっふふー」
楽しそうに笑いながら、手を動かし続ける。教えてくれる気はないらしい。これも、いつものこと。
となりに座り直して、ぼくも真似して、こんもりお山を作り出した。
「ねぇ、ようちゃん。葉っぱ、ちょうだい」
「葉っぱ?」
「お耳の葉っぱよ、ピーンとしたのがいいわ」
「お耳って、これ、動物なの?」
食いしん坊のあーちゃんだから、オムライスとか、ケーキとか、食べ物だと思っていた。
「そうよ、うさぎよ。雪で作るから、雪うさぎなの」
「ふーん」
どう見ても、うさぎには見えない。
あーちゃんはちょっとだけ、ぶきっちょ。
クイズにされなくてよかった。
「ようちゃんは、なに作ってるの?」
真似っこして作ったのがバレバレの、しかもぼくの方が形がキレイな、お山を指でつんつんする。
なんだろう。面白いことを言わないといけない気になる。
「よっ、幼虫だ」
パッと思いついた、動く生き物を言ってみた。
あーちゃんの目が細くなる。
「ふーん…………。えいっ!」
にゅっ。
「ひぁっ、冷たっ」
ぼくの頬っぺに、あーちゃんの指がめり込んだ。
「ふふん。うそつきには、えくぼくろドリルじゃー」
笑うと引っ込むところにホクロがあって、あーちゃんが面白がって名前をつけた。
そのまま、指先でぐりぐりする。
「冷たいよ、あーちゃん、やめてって!」
「ひゃひゃっ、ひひっ」
いつもあーちゃんが満足するまで、離してくれない。
いつでもぐりぐり出来るように、毎日、爪の手入れは欠かさないとか、あーちゃんママが言ってたのを思い出した。
だけど「もう、やめなさい!」の一言のほうが、ぼくの助けになるんじゃないのかな。
「でも、今、赤い実ないよ」
赤くなった頬っぺをさすりながら、満足したあーちゃんと一緒に、庭の木の中から雪うさぎのお耳を探す。
「そうねぇ……あっ、『なかよし公園』にあったかも。よし、帰りに探して、明日、持ってくる!」
何かひらめいた顔をして、うんうんと首を振った。
(赤い実のなる木って、あったかなぁ?)
ぼくは内緒で首を傾げる。
庭にもあーちゃんの好みの葉っぱが見つからず、お耳も明日までの宿題になった。
ただのこんもりとした二つの雪のかたまりは、段ボールをかぶせられて、明日に持ち越された。
ぼくらに明日は来なかったけど――。
次の日、ぼくが熱を出して寝込んでしまった。その後、今度はあーちゃんも熱を出して寝込んで、それから、ママ達も次々に――……
それっきり。
あーちゃん達がいろいろ忙しくなって、一緒に遊べなくなった。
あーちゃんパパのお仕事の都合で、あーちゃん達はみんなで遠くに引っ越して行ってしまったのだ。
あとから、あーちゃんからお手紙が届いた。ぼくにしかわからないくらい、下手っぴな雪うさぎが描いてあって、その目は赤かった。
二年生なのに、ひらがなとカタカナだけの。
ぼくの名前だけ、やたらデカくて……
「ようちゃん。どうしたの、目が真っ赤よ」
「……目に虫が入った」
ぼくはうそつきだ。
「えぇっ、ちょっと、ちゃんと見せなさい」
「もう、いない……もう、どこにも、いないんだから!」
つかまえようとするママから逃げて、自分の布団の中に頭を突っ込んだまま、疲れて眠るまで泣いた。
なかよし公園には南天の木は植わってなかった。他に赤い実をつけた木も。
あーちゃんはどこまで探しに行ったんだろう。
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