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太陽くんとあさひさん(仮)
雪が降ると、時々、あーちゃんが描いた雪うさぎモドキが夢に出てきて、僕を追いかけ回す。
今回はいつも以上にしつこくて、夜中に何度も目を覚ますことになった。
本日の母さんは朝からウキウキ、ソワソワ、鼻歌まじりに家事をしている。テンションの高い母は鬱陶しい年頃の僕は、気づかれないように一定の距離を保ったまま、玄関までたどり着いた。
が、
「出かけるなら、牛乳買って来てねっ」
ニッコリ笑いながら近づかれ、しっかり小銭を手渡された。
ちぃっ。
夜間に降った雪は積もらず、日陰の隅っこに白い線を残すだけ、夕方にはほとんど乾くだろう。防水スプレーを昨日の内にしっかりかけておいたのが、少し無駄になったな。軽く足首を回す。
おつかいを済ませて、だらだらと歩く。いつもの散歩コースから外れ、遠回りをして帰ることにした。
来年、あっもう今年かぁ、受験生になる。まあでも、決めている高校には、これから問題さえ起こさなければ推薦で行けそうなので、今更、焦る必要もない。
(絶対、そこに行きたいってわけでも、ないんだけど)
元来の事なかれ主義。生徒会書記という無難なポジションで、空気を読みつつ、可もなく不可もなく立ち回り、先生方の受けもいい。
真面目で面白くないとか、なんか隙がないとも、言われているのは知っている。落ち着き過ぎているせいで、実年齢に見られたことも無い。
この前は、とうとう子持ちの大人に間違われた。
近所の子供が一人でふらふら家の前を歩いていたのを、保護しただけなのに。
(ああ、今、こんな状態なんだ)
夢を見たせいもあったが、最後に一度、見ておきたかった。
立ち止まって、そこで見える範囲をぐるっと見渡す。
老朽化の為、修繕不可能な遊具は撤去され、空き地同然となった公園は、立ち入り禁止の立て看板で、入り口を封鎖されていた。
(危ないな、針金出てんじゃん)
長い間の雨ざらしのせいか、立て看板を支えていた針金が、少々悪い位置にズレている。
気になり出すと、見過ごせないから、面倒見が良いと一部では思われているが、違うんだよな。
自分でも放って置けばいい思うけど、気になるからしょうがない。
危なくないように、針金を内側に曲げた。
「痛っ」
指先を引っかけて、血が滲む。
やっぱり、慣れないことはするもんじゃない。
血に気を取られて、空気を読まない人の気配が近づいてくるのに、気づくのが遅れた――。
「あの、すみません。……ここって『なかよし公園』で、合ってますか?」
不安気な若い女の子の声が、すぐ横から聞こえてきた。
真っ直ぐに、僕を見上げる。
「……そうです」
どこか見覚えのあるような……いや、女の子をこんな至近距離で見るのが久しぶりのせいだろう。
同い年くらいの女の子、ピンク色のマフラーをしている。
びっくりしたが、表情には出なかったと思う。
思春期真っ只中の僕は、素っ気ない感じで答えた。
「はぁ、やっぱり、ここだったんだぁ。まぁ十年も経つと、そうなるわよねぇ」
ほぼ空き地の公園に視線を移して、ため息交じりにつぶやいた。
「狭いなぁ~、記憶と違って……」
横でしみじみし出したぞ。
なんか雰囲気が、知ってる奴に似てる気がする…………でも……まったく思い出せない。気づかれないように、観察したが……やっぱり、初めまして、だな。うん。
「あの、指……大丈夫ですか?」
しみじみを出し切ったのか、再度こっちを向くと血だらけの僕の指を、指さした。
なんだ、気づいてはいたのか。
「……ああ、舐めとけば大丈夫です」
少しジンジンするけど、その程度。この見知らぬ女の子と一緒の状況のほうが、メンタルを消費しそうだ……もう、帰ってもいいかな。
そんな僕の感情は無視されて、
「ダメよ、消毒しなきゃ!」
跳ねた声に、ビクっとなる。
女の子の変な正義感スイッチを押してしまったのか。
(ええっ、まだ話しが続く感じですか?)
「傷口から細菌が入って、化膿したり、最悪の場合それが全身に広がって……」
続く、しかもかなり大袈裟に。
「いや、大袈裟な」
「いやいや、この前見た古い映画で、指を怪我しただけで死んじゃったのよ。犯人だったんだけど…………すごい有名な映画で……監督も有名で、確か…………うーん、タイトルが出てこない!」
映画のタイトルを思い出すのに、目的が変わってしまったようだ。
なんだろう、さっきからの既視感。このお互いの感情の高低差と、一方的に喋り続けるのも、なんだがツボに入って、自然に口元が緩んだ。
「あっ、えくぼくろ」
僕の頬を指さす。
「えっ」
反射的に、手でえくぼを隠した。
女の子が一歩下がって、値踏みするように、上から下に、下から上に僕を見つめてから、もう一度。
大きな丸い目で、僕の目をじっと探るようにのぞき込む。
この目は確かに見たことがある。
(うあぁっ)
今、完全に思い出した――。
心臓がドキドキする。
相手も何かを確信したようだ。
これは、多分、あれだ。
こういう時は……なんて言えばいいんだっけ。
「ようちゃ……えっと、太陽……くん?」
先に声をかけられて、
「あーっと、あさひ……さん?」
同じように返して。
お互い、新しい呼び方を、今、決めた(仮)。
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