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「よし、平太んち行こか。商店街で茶菓子でも買って」
ボールの行方を眺めたあと、敦が言った。ぜんぜん悔しそうじゃない。どちらかといえば安堵したような表情に見えた。
その場をあとにしようとする敦たちに俺は言った。
「すまん、行っといて」
俺はフェンスを跳び越え、靴を脱ぎ、二月の川に素足をつっこんだ。ほてっていたはずの体は一瞬にして冷やし上げられる。
でも、見つけなきゃ。
いつのまにか粉雪が舞い始めていた。
「どしたん」
充が不思議そうな声を漏らす。
「あのボール平太に持ってかなあかんから」
意味不明のことを言っている自覚はある。でもせり上がってきた衝動を止めることができなかった。
さっきのはきっと平太のホームランボールだ。あいつが待ってたのはもしかしたら俺の活躍じゃなかったのかもしれない。そりゃそうだ。人が打った球よりも自分が打った球の方が価値があるに決まってる。
平太だって、ちゃんと野球選手なんだから。
ポケットが震える。
「おーい、いつ戻ってくるか決まった~?」
「俺もう少しこっちおることにしたわ。すまんけど旅行、俺抜きでいってきや」
「そかー、残念。てかなんかしゃべり方おかしくね?」
笑うトモキと、ひとことふたこと話して電話を切った。
後ろから小さなため息が聞こえた。
「しょうがねえな、うちらのキャプテンは」
敦は猿みたいにフェンスを軽々と飛び越えた。幸太郎はひとまわり太った体をひっぱりあげるようにしてよじのぼる。充は遠回りして通用口に向かっている。
「さっさとみつけよや。茶菓子なんかじゃ平太は喜ばんやろうしな」
たぶん、おれはどれだけ頑張ったところでメジャーリーガーはもちろん日本のプロにもなれない。今となっては大学の野球部のレギュラーをとるのも難しいだろう。
だけど、もう少しだけ。
もう少しだけ、追いかけていたいものがある。
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