約束のカラーボール

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「タクヤ、次なんか講義とってたっけ?」 さっきまで四限の応用現代社会学を並んで受けていたトモキが尋ねてくる。 「経済地理学。まああれ出席点ないからでないけど」 「そっかあ、おれそれ抽選落ちちゃったんだよな。出席しないならさ、カラオケ行かね? たぶんミユキたちも空いてんぜ?」 「いいね」 同じような毎日を繰り返している気がする。最低限に講義にでて、過剰に娯楽をたしなむ。一言で言ってしまえばそんな生活を送っている。 楽しくないわけじゃない。でも、何かが足りない。 トモキを後ろに乗せてグラウンドを横目にペダルを回す。まばらに歩く学生をよけながら俺の自転車はすいすい進む。冷たい風が顔面に吹き付けてくる。 「相変わらずニケツうまいな」 「田舎育ちは誰でもこれぐらいできるよ」 四限おわりのこの時間から、大学のグラウンドは野球部が使用する。ウインドブレーカーに身をつつみシートノックをやっているのが見え、俺は視線をそらした。 俺も高校までは野球部に所属していた。県大会に出場できるかできないかくらいの高校だったけど、俺は一年のころから四番目の打席は誰にも譲ったことがなかった。先輩が引退してからは満場一致で俺がキャプテンに選ばれ、身の丈にあってないのは百も承知で甲子園出場を目指し、白球を追いかけていた。 高校の時と同じ熱量でやっていく自信がなく大学で野球は辞めた。俺の大学の野球部は関東圏の連名で1部リーグにここ10年以上居座り続けるほど強豪だ。 高校のときの最後の試合、何もできなかった自分は野球を続ける資格がないのだと感じていた。大学では幸い友人にも恵まれ、暇な時間は少なかった。いや、暇な時間を潰し合える同士に恵まれたのか。 遊んでいると何も気にしなくていい。将来のことも過去のことも何も考えず、目の前の垂れ流しにされたキャンパスライフを謳歌していればいい。 でも、たまにぽっかりと空く時間の余白に押しつぶされそうになる。おれは何をやっているんだろう、と。 「もうすぐ春休みか~、拓哉はどっか行くの?」 後ろからトモキが尋ねてくる。大学の春休みはまだ春の訪れを感じられないような2月に始まる。 「ちょっと用事があってさ、実家に帰ることになってる」 今の言い回しであってたかな、と不安になる。大学で都会に出てきて、地元の方言をなるべく出さないように気を付けるようになった。自分の喋り方が標準語として正しいのか、頭の中で文法や言い回しを考えながら話すのはなんだか疲れる。地に足のつかないような違和感が本来の会話のテンポを混乱させる。 「じゃあさ、こっち戻ってきたら、どっか旅行いこうぜ。おれ草津行きたいんだよな。寒空の下で露天風呂とかなかなか趣深くね?」 俺の脳内のそんな思考なんて何も感じ取らずに、トモキは生まれてから一緒に育ってきた標準の若者語を自由にはきだすことができる。
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