約束のカラーボール

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三回忌とはいえ友達同士で顔を出すだけだから、私服で行くことになった。なるべく大学生活で浮かれていると思われないように、高校の時に着ていたのと同じような服を選んだ。いまだから気づくが、ダサかったんだなと思う。当時はおしゃれだと思って着ていたアーガイル柄のニットを隠すように、黒のダウンジャケットに身を包んだ。 昼からの約束だったから、ランニングをしていたときよりは遅い時間に家を出たのにいつもの足跡は残っていた。 不思議と導かれているような気がした。注意して見るとその足跡は誰かの自宅からつながっているわけではなく、道の真ん中からいきなり現れるように残っている。 俺はその足跡をたどった。ランニングで向かうのとは逆の方向だ。振り返って確認すると、俺の足よりもその足跡はひとまわり小さいことが分かった。 今日は普通のスニーカーだから滑らないように気を付けながら、しばらく足を進める。その足跡は公園に到着したところで途切れた。 ここは小学生の時よく遊んでいた公園だ。敦も幸太郎も充も、そして平太もここで鬼ごっこや野球をした仲だ。そのころは平太も俺たちと同じように体を動かすことができていた。 「たっちゃんはメジャーリーガーやな」 プラスチックのバットでゴムボールを思いきり遠くに飛ばした俺に無邪気な顔で、目を輝かせて平太はそう言った。 あのころはプロ野球選手のいるスタジアムぐらい広いと感じていたこの公園も、およそ十年ぶりに来ると、端から端までものの数歩でたどり着くんじゃないかと思うぐらい小さく感じる。 そのとき、ざっと雪を踏む足音がした。 「拓哉?」 その声に俺は振り返る。 「…敦」 今日は平太の家に集合予定のはずなのに、そこには敦がいた。寒そうにポッケに手をつっこんでいる。 久しぶりの再会の挨拶をすっ飛ばして敦は話し始めた。 「なんか最近不思議と足が進んでここに来てるんよな」 一瞬敦の足跡だったのかと思ったが、そうではない。敦の家はここからだと俺の家と反対方向だ。しかも敦は俺より背が高く、足だって俺より大きいはずだ。 「ちょっとキャッチボールしようや」 「ボール持ってるん?」 敦はどこからかピンク色のカラーボールを手に取りだしていた。手のひらの上で小さく投げて遊ばせている。 「そこで拾った」 俺と敦は距離を置いて向かい合った。キャッチボールをするときのこの距離感だけは体が覚えている。敦はひょいっとやまなりのボールを投げた。体全体で投げて打者をねじふせていたあのころの姿はもうない。完全に手投げだ。 「拓哉は野球続けてるん?」 グローブをしているわけでもないのに俺はそのボールをつい左手でキャッチした。そして右手にもちかえて敦に投げかえす。久しぶりに物を投げた。肩の可動域が狭くなっているからか、振りかぶったときぱきっと小さく鳴った。 「いや、してない」 ボールを投げ出すのと同時に自然と口に出すことができた。敦も左手でそれをキャッチする。そこでボールをみつめて一呼吸置いた。 「俺もや」 無言の時間が続く。 敦がいまこの公園で思いを巡らせているのが分かる。数回投げ合っただけなのに、ちょっとずつあの頃のきれいなフォームに戻っている気がする。 まっすぐ俺の胸にボールが飛んできた。 「あの試合がどうしても頭の中にこびりついてんねん」 ボールから敦の気持ちが伝わってくる。平太とも病院の中庭に引っ張り出して、こうしてキャッチボールでもやっていたら、少しはあいつの考えていることが分かったのかもしれない。 「俺もや」 また投げ返す。縫い目のないつるつるのボールを投げる違和感が指先に残る。 そのとき遠くから声が飛んできた。
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