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そういえば一度だけ、小学生のころ、平太が場外にボールを打ち飛ばしたことがあった。
「やった、やった」
そのときもピッチャーをしていた敦はすごく悔しそうだった。
飛び跳ねて喜ぶ平太に俺はハイタッチを交わす。そのぱちんという音でわれに返ったように、平太はボールの行方を心配しだした。
「あ、あのボールたっちゃんのやんね。ごめん、とってくるから」
みんな野球ができなくなって帰ってしまったあと、平太は泣きそうな顔で川に入っていこうとした。生い茂った水草の中にあるのだろう、簡単には見つかりそうにない。
「ごめん、ぜったい見つけるから」
「もうええよ、家に帰ればもう一個あるけん」
「じゃああのボールとってきたらもらってもいい? 僕のホームランボールやから」
キラキラした目で平太が振り向く。平太の瞳はプラネタリウムだ。この瞳には世界のいろんな小さな輝きをとらえ、それを周りの人にもおすそ分けする力がある。
そんな平太に俺は思わず言った。
「うん、あげるわ。さっさと見つけようや」
そのあと、日が暮れるまで探したけど、そのボールは見つからなかった。
「また打とうや。中学なったら一緒に野球部入れるし」
平太の持病のことなんて全く知らない当時の俺はそう言った。
ああ、そうだ。俺が守れなかった平太との約束はもう一つあった。
あのとき俺は、平太の打ったボールをあげると言ったのだ。
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