第1話『朧月の夜、少女の運命は狂い始める』

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「お前が決めるんだ。後宮に入り、たった1枠の妃の座を勝ち取るのか、家族もろとも奴隷として一生を過ごすのか。お前には2つも選択肢があるんだからな」  そう言った男の顔を、かすりは今でも鮮明に思い出す。  表情が一切無かったのに、その言葉の時だけは、目が、口元が、声が、想いを物語っていた。片眉を上げて、皮肉気に笑い、最悪の選択肢を突き出す。  朧月が優しく照らす空の下、かすりは泥だらけになって、地面を眺めることしかできなかった。目線の先では、次々と地面に円の模様が増えていく。頬にはとめどなく熱い液体が流れ、視界は歪む。かすりを優しく慰めて、励ましてくれる家族はもういない。いなくなった。かすりの心から離れていった。 「可哀想にな。だが、それが現実だよ。この国で生きていれば何も珍しいことじゃない」  慰めでもなく、この男は事実だけを並べて話す。 「いいんじゃねぇか。薄情な家族なんて見捨てて一緒に地獄へ落ちればさ。みんな仲良く地獄の窯に茹でられたら元の関係に戻れるんじゃねぇの」  投げやりな言葉なのに、さっきとは違い穏やかに言われて顔を上げてしまった。男と目が合う。父親よりも年上に見える男は、やはり無表情で、何を考えているのか読めない。流された鉄色の前髪の隙間から覗く切れ長の目に、身震いする。冷たい。こんなに冷えた目を見たのは生まれて初めてだった。 「さあ、決めな。生憎俺には時間がない。お前にとっては人生の岐路だろうが、俺には知ったこっちゃねぇからな」  2つの目に射貫かれて、かすりは震えながら口を開いた。答えなんて、始めから決まっている。 「わ、わたしはー」  かすりの答えを聞いた男は口元に弧を描く。  16歳の春。かすりの運命はゆっくりと狂い始めた。
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