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台所に用意した桶で野菜を洗っていると、一向に洗い終わらないことに痺れを切らしたひわにジャガイモを奪われてしまった。
かすりは小さく溜息を吐いて立ち上がった。紺の袴には微かに土が付いている。軽くそれを払うと、袖を上げていた襷を解いた。白地に黄色の絣模様の入った着物はお気に入りで、今日のような特別な日に着ている。
せっかく主役だと言ってもらえたのだから、汚れていたらまたひわに怒られてしまう。軽く叩いて身なりを整えると、台所に常備してある椅子に座った。
「今日はかすりの好物たくさん作るからね」
「うん。ありがとう、お母さん」
「じゃあ私はお姉ちゃんの旦那さんの好物を作る!」
「まだ旦那さんじゃないよ」
楽しそうに台所に立つ母とひわに、つられてかすりも笑顔になる。日は暮れ始め、もうすぐ夜になる。
夜になればかすりの婚約者である新橋(にいばし)がくる。式は後からになるが、基本的に女性の誕生日に結婚するのが習わしだ。
もうすぐ自分がこの家の人間ではなくなると思うと、寂しい気持ちはあれど、新しい生活へ心が弾む。この光景を忘れないようにしようと、かすりはしっかりと目に焼き付けるのだった。
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