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怒星
私が次に訪れた星も変わった星であった。
まず着陸してシートベルトを外した瞬間から、けたたましい警告のアラームが鳴り響いた。私はすぐに計器類を確認すると、この星の地表の温度が五○○度を超えていたのだ。酸素量も極めて少ないし、大気も汚れていた。船外カメラで周囲を見てみたが、人は愚か、動物も植物さえも存在しない砂漠のような星であったのだ。
私はまたこの骨董品の人探知レーダーの誤作動かと思ったのだが、念の為にもう一度レーダーで周辺をスキャンしてみたが、やはり少数ではあるが反応があるのだ。私は倉庫から久しぶりに耐熱と自己酸素生成機能の装備が付いた宇宙服を引っ張り出した。それを三十分ほどかけてそれを着込むと満を持して私は船外へと繰り出した。
外は見ているだけで汗が噴き出してくるような砂漠の景色だ。見渡す限りに燃えるように赤い砂と岩石に覆われていて、大気全体が夏場の陽炎のように揺らめいている。私は半信半疑の気持ちを無理矢理に奮い立たせて、人感知レーダーが示す方角に歩を進めた。
そして五キロほど歩くと、レーダーが示す座標に到着した。この頃には動きづらい特殊装備の宇宙服のせいで、足がパンパンになっていた。汗だくで今すぐにでもシャワーを浴びたい気分だったが、調査を続けるしかない。そして、分かっていたことではあるが、人は愚か、住居や生物の気配など微塵も無い。
私はいつものように周辺を注意深く観察し始めた。すると一時の方向にまるで潜水艦の潜望鏡ような物が地面から不自然に突き出ているのを発見した。私はそれに近付いて、レンズの部分を覗き込んだ。
「誰だ、貴様は⁈」
潜望鏡から声がした。
「あ、私、先程この星に着陸させて頂いた者なのですが、是非、取材をさせて欲しいのですが…」
「…。真っ当な客人か…。賑やかせの動画配信者以外の人間が来るなんて何十年ぶりかの…。少し待っていなさい」
私は老人と思しきその男性の言葉通りにその場に突っ立っていると、地面が割れて分厚い鉄板で出来たエレベーターが現れた。
「乗ってくれ。ワシのところまで来るといい」
私はエレベーターに乗ってボタンを押した。エレベーターは結構な速度で地表から深くに下がってゆく。外気温も見る見る下がっていって、二十数度で落ち着いた。酸素濃度も正常値になったので、私は宇宙服を脱いだ。
数分後、エレベーターは停止してドアが開くとそこには、あの声の主が私を待ってくれていた。
「よく来たな、こんな過酷な環境の星に。さ、座りなさい」
「失礼します」
老人は冷たいチャイを出してくれた。私はそれを頂きながら、早速、取材を開始した。
「ご老人は一人でここに?」
「ああ。そうだよ。もう五十年くらいになるかな…」
「地下で自給自足を?」
「ああ。この星は幸い科学はそれなりに発展していたから、酸素供給装置もあるし、生命維持装置もある。それに無機物から食料を生成する装置があるから何とか暮らしていけるんだよ」
「へぇー、五十年前にその技術を確立していたのすごい事ですね。科学者だったんですか?」
「いや、ワシはそれらの機械の部品を作っていただけだ。一つ一つ要望に合わせての受注生産だったから、それなりの技術も身に付いたがな」
「へぇー、それは頼もしいですね。他に家族は居られるんですか?レーダーには他にもいくつかの反応があったのですが…」
「妻と子供が居ったが、出て行ってしまったよ。他にもワシと同じよう生活をしているワシくらいの歳の者が十数人居たと思うが、特に連絡も取らないし、この気候だ。交流するにも命懸けになるから無理には出歩かないんだよ。
昔は良く物好きが移住してきたりもしたが、大抵はすぐに耐えられなくなって出ていくか、油断とか不注意で生き絶えておったよ」
「あー、確かに田舎や辺境の環境に移住する人々は今でも一定数居ますからねー。ここの環境はそう言った人々には魅力的だったのかもしれませんね。
ところでご老人はいつからここに?」
「八十年ほど前だよ。まだにこの星がまともだった頃、ここ生まれ育ったんだ」
そして私は最も気になっている事を聞いた。
「やはりこの星も環境が大きく変わってしまったんですね…。一体何があったのです?」
「星の怒りだよ…。いや、正確には分かっておらんが、五十年前のある日、突如として星全体が揺れ、大地が割れて、そこから熱波が噴き出し始めたんだ。ものの数日で星中の動植物は死滅して、海も干上がってしまった。
殆どの人はこの星を捨てて、他の星や宇宙コロニーに引っ越してしまったよ。ワシの妻と子供もその時にここを捨てて、出て行ってしまった。
それまでは本当に美しい星だった。ほら」
老人は壁に掛けてあった写真を指さした。
「昔は良く、おとめ座銀河団の何とかと言う恒星系の第三惑星に引けを取らないほどの美しい星だ、などと言われていたが、今はこの有様さ。
化石燃料を貪り、大気を汚し、挙句には醜い争いを繰り返していれば、星だって怒るさ。
ワシはこの五十年、どうにか星が怒りを治めて、また、地表で暮らせる事を願って今日まで地下で生活してきたが、どうやらそれは叶わぬ夢のようだ…」終
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