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「刺激はしないでください」
俺の隣で、白衣の男が言った。
口調は淡々としているが、眼光は鋭く明らかに警戒しているようだった。
「わかりました」
異様な状況に、そう言うのが精一杯だった。
施錠を外したスライド式の扉を前に、俺は深く息を吐く。押し寄せる緊張感に、吐き気と目眩が唐突に襲った。
「大丈夫ですか?」
鉄の取っ手に手をかけたまま目を閉じている俺に、医者が声をかけてくる。
俺は目を開くと、はいと短く返事を返しやっとの事でドアを開く。
まず目に入ってきたのは、白い壁に同化しそうな病院ベッド。その上に体育座りをしている、薄青色の病衣姿の小柄な男がいた。
何年か振りに見た奏斗の姿に、しばらく声をかけられず立ち尽くす。
「元気だよ。僕は」
奏斗は誰かと通話しているらしく、耳に携帯を当てているようだった。
発している声が想像以上に明るいことに、俺は少しだけホッとした。少し痩せ細っている腕を除けば、以前と変わらない湊斗の姿だった。
「祐助なら分かるでしょ? 僕がいつもと変わらないってさ。だから、早く迎えに来てよ」
拗ねたように電話口で訴えている奏斗から、俺は堪らず目を逸らす。
ホッとしたのも束の間、まだ何も改善されていないのだと分かった。
俺は救いを求めるように、背後に立つ医者に視線を向ける。
「安浦さん。須藤さんが来てますよ」
医者がそう声をかける。
その声に奏斗の視線が、ゆっくりとこちらに向けられる。
一瞬呼吸をが止まる。
覇気のない、落ちくぼんだ目。光を失ったその目は、現実を直視できずに未だに幻想を追っていることを物語っていた。
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