お見送り

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「良いんです。だって、人生経験を活かせているわけですし。それに――」  僕は先程のおじさんの行く末を思い描き、笑いを噛み殺す。 「さっきのおじさん、僕の上司に似てるんです。だからちゃんと、堕ちるところに堕ちていく姿を見れるのは楽しくて……」  女性の表情が凍りつく。僕は慌てて「語弊がありましたね」と形ばかりの訂正をする。 「やりがいを感じてるんです。それに僕みたいに、理不尽な目にあってる人を放っておけなくて」  苦情を受け付けるコールセンターでの業務を思い出し、あの時の理不尽な罵倒やクレームが脳を過る。  死んだ今でも、その傷は癒えていない。思い出すだけで、憤りが込み上げてくる。  だけどこの場所は、今までとは違っていた。  これまでは頭下げるだけで、何も得るものがなかった。  だけどここでは、さっきのおじさんのように他人を見下し、思いやることの出来ない想像力に掻くような人間は、皆一様に人間以下の生物になっていた。  魂の洗浄。  生物としての基本をやり直し、かつ魂のリセットをするための転生だと、僕は勝手に思っている。  相変わらず浮かない顔をしながらも、他の死者の対応をするために女性は僕から離れる。 「それにまだ……本当に会いたい人に会えてないので」  僕を追い詰めた張本人。僕はまだ、その人物の行く末を見ていなかっ た。  ずっしりとした重みのある冊子を抱え、僕は定位置のベンチに戻ったのだった。
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