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「僕なんて、選択肢が多忙なものばかりなんですよ。貴方が羨ましいぐらいです。それに僕にも貴方ぐらいの父親がいました。働き詰めだったせいで、病気で早くに亡くなりましたが」
おじさんが顔を上げて、僕をじっと見る。
その目には少しだけ、同情の色が見て取れた。きっとこのおじさんにも、このぐらいの息子がいるのだろう。
「だから貴方を見ていると、心配になるんです。来世では少しでも、楽な人生を歩んで欲しいって」
僕は指先で目元を拭う。それから「お子さんたちも同じ気持ちだと思いますよ」と付け足す。
納得できてはいない表情ながらも、あと一押しのようだった。
「それに息子さんや奥さんと、また一緒に転生する可能性だって格段に上がるんじゃないんですか? まだご存命でしたら、待つ意味でも一度、他の人生を楽しむのもいいのではないでしょうか」
「……また会えるのか?」
表情は険しいながらも、おじさんは窺うような目を僕に向ける。
「会えると思いますよ。ここで無駄な時間を過ごすよりかは、一思いに転生して、また人間になって奥様やお子さんと巡り会う人生を始められては、いかがでしょうか」
それから僕は、カウンターに積まれていた記載用紙とペンをおじさんの前に差し出す。
「僕も見送りますから。ね? ご家族のためにも」
おじさんがおもむろにペンを取る。
「蝉ならどれぐらいだ?」
「早くて三年ほどかと……」
受付の女性が慌てて答える。
「本当に……今度は、人間に転生できるのか?」
「それは、貴方様の行いによるところかと」
おじさんは険しい表情のまま、輪廻転生記載書と僕を見比べる。
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