お見送り

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 カタログを捲る。  ずしりとした厚みのあるそれは、高価な医学書を思わせた。 「ふざけんなよ! もっと良いやつだせ!」  カウンターの方からした声に、僕はカタログから顔をあげる。  禿頭のおじさんが、受付に立つ女性に怒鳴りつけているようだった。 「申し訳ございません。貴方様のお持ちのポイントですと、この冊子からお選び頂くことになります」  困ったような顔をしているも、女性は毅然とした口調で返していた。 「俺が何したってんだ! それどころか大手の会社で、部長をしてた人間なんだぞ」 「どこの部長様かは知りませんが、貴方様のポイントでは、こちらの選択肢以外はありませんので」   女性は根気強く、説得している。  僕も人と接する仕事をしていたことがある。こういう厄介な人とも何度となく接してきていた。 「ふざけんな! お前じゃあ話にならん。上の奴だせ!」  僕は冊子を閉じると立ち上がる。それからカウンターで揉める二人に近づいた。 「どうされたんですか?」  あくまでも穏やかに話しかける。おじさんの怖い顔が僕の方を向く。 「こいつじゃあ、話にならないんだ」  僕を上司だと思ったのか、おじさんは女性を指さしながら僕を怒鳴る。 「俺は会社で部長だったんだ。子供だって大学まで出してやった。それなのにこれは何だ!」  おじさんが禿頭まで真っ赤にして、冊子を僕に突き出す。薄っぺらいそれは、パンフレットぐらいの厚みしかない。 「拝見します」  僕はその冊子を受け取って、ページを開いてみる。  中には「蝉」と「蟻」が片ページずつに書かれ、ずらりとその一生が記載されていた。
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