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序
知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。
よく掃かれた砂利道に、青い椛が二枚だけ、折り重なるように落ちていた。
視線をあげれば、樹々の向こうに小さな祠。
どこか寂れたお社は、何を祀っているのだろうか?
好奇心に駆られた私は注連縄に向かって一歩踏み出した。──と、
「そちらにいっては、いけないよ」
鮮やかな声がした。私は恐る恐るふりかえる。まっしろな髪の青年がそこにいた。若白髪というやつだろうか?
艶のある声音と達観した口調。いまいち年齢が掴めない。
「すみません。ここって立ち入り禁止でしたか?」
「その椛は、かなりの老木だから。優しくしないと」
今まさに、椛の幹に手をついて、覗きこもうとしていたのだ。慌てて手をどけ、サングラスを外し謝罪する。彼はふんわりとほほえんだ。
「この辺りに、旅人が来るのは珍しいね。観光かい?」
私は、資料収集の為に訪れた土地で寝過ごしてしまい、電車のダイヤに絶望した。そこで駅を降り、周囲を散策していたのだ。
「それは、災難だったねぇ」
事情を話し、並んで歩く。
名前を知らない鳥の声。
さわさわと揺れる樹々。
苔むす土の匂いが樹の皮の香りと混ざる。
手持ち無沙汰になった私は、鞄をゴソゴソと漁った。彼に飴玉を渡す。
「貰い物だけど、よかったら」
電車で隣になったご婦人に貰った、花梨の飴玉。
扉の前の路線図が見えない彼女にかわり、降りる駅が何駅先か教えたお礼だった。
彼は興味深そうに陽にかざすと、ころころと掌の上で転がした。
「きんいろだねぇ」
気に入ったらしい彼はひとつの話を教えてくれた。
──だから、私がこれから語るのは、彼に教えて貰った物語。
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