32人が本棚に入れています
本棚に追加
「うわーん。あたしも、おとうしゃんと帰りたーい」
幼稚園、おかえりの時間。ホールには賑やかな声が広がる。落ち着きない小さな足音達が右往左往している。そんな中、一人の女の子が急に火が着いた様に泣き出した。大きな瞳から、これまた大きな粒の涙をボロボロこぼして。心の赴くままに。
目の前で急に泣き出したものだから、剣斗は、びっくりまなこでじっと見ていた。
小さな小さな女の子。いつもなら、きっとみんな集まって来ていた。そうでなくても小さいのに3月生まれなものだから、ひときわ幼い。年長のお姉さん達はおろか、同い年の子達まで世話を焼きたがる。女の子達ってこんな頃からすでに母性があるらしい。
けれど、今に限っては誰の目にも入らないようだ。
早くおうちに帰りたい。
おくつをはかなきゃ。
ママはまだかな?
みんなそれぞれ別の方を向いている。
泣き止まない女の子を剣斗はまだ、うろたえた様子で見ていた。二人だけ取り残されて、時計が止まってしまったみたい。
いっつもニコニコ。いっつも明るいのに。そんな子が泣きじゃくっている。うさぎ組さんだから、組はちがうのだけれど、預かり保育でいっしょになる子だ。
預かり保育とは、共働きなどで迎えの時間に間に合わない家庭のため、夕方まで園児を預かる事。それぞれのお迎え時間は違うから1人、また1人と帰って行く。この子は大抵最後の方だった。
剣斗がきょろきょろ見渡すと、珍しく、かえでちゃんのおうちでは父親がお迎えに来ていた。
きっとそれを見てうらやましくなっちゃったんだな。
剣斗は、玲奈の担任の先生を探した。ラッシュアワーのような慌ただしさ。嵐の渦の中のようだ。てんてこ舞いで余裕なく手一杯。1人を抱っこし、更に後ろからまとわりつかれ、それでも2人の身繕いを手伝っている先生もいた。
今日は園の研修で皆は早お帰り。預かり保育の子ども達だけが残る。こんな時は、預かりの子達にとって実に心細く、寂しさが募るものなのだ。だから、なおさら泣くのがブーストしたのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!