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『調子良さそうだな、ジーノ』
口笛でも吹きそうな個別通信に、ジーノと呼ばれた彼は、目の前の獲物を袈裟斬りにして、溜息をついた。
『ジーノと呼ぶな。任務中だ』
彼の名前は本当はもっと無味乾燥だけれど、親しいものはそう呼んでいた。
『いいじゃねぇか。生きては帰れない未踏の地って言うから、どんなものかと思えば、前時代の遺物がごろごろいるだけだしよう』
『ロイ』
たしなめるように名前を呼ぶとロイは器用に肩を竦めた。
ただ、ジーノは思索する。ロイの言うことももっともだと、確かに手応えが無さすぎる。
ゆっくりと、辺りを見やる。破壊された残骸が転がる廊下。緩くカーブを描きながら、ずっと続く一本道だ。何本もの柱が互い違いに配置され、広大な空間にも関わらず、あまり視界はよろしくない。経年劣化を感じさせないつるりとした柱。熱源を感知出来ないのに、不思議と柔らかい光が宿る。
(いっそなにも見えなければ、暗視モードに切り替えられるのに)
ぼんやりとそう思った時、視界の端に白いものが映った。
(……え?)
ゆらりと揺れたそれは一瞬で消え、ジーノは今のは錯覚か、それとも敵性勢力か判断し損ねた。
だが、彼にそれを悠長に考える暇はなかった。
──アラートがなる。仲間の危険を知らせるものだ。
ノイズ混じりの通信が入る。ただ一言。
『逃げろ』
遠くで爆発音がした。遠雷のような足音を響かせ、何かが近づいてくる。
(な、んだこれは……!)
彼らは、電撃を喰らったように仰け反った。
それは巨大な山だった。彼らの知る技術と全く違う理念で造られたそれはセラミックの刃を通さず、機銃掃射もものともせず、ただおもむろにこちらに近づき、その両の手を鉄槌のように振り下ろす。
酷く、原始的な方法にも思える動作で、仲間が吹っ飛び、ひしゃげ、沈んでいく。
通信は告げた。逃げろと、無慈悲に蓄積されていく被害状況は撤退の二文字を弾き出す。リーダー機からの指示が伝達される。
ただ、彼が弾き出した結論は、真逆だった。
(逃げることなんて、できるか!)
ジーノは慎重に距離を詰め、背中に向かって飛びかかる。──だが、
羽虫でも払うように跳ね除けられ、彼は受身も取れずに柱に激突する。
『おい! 馬鹿! 通信が聞こえなかったのか!』
全方位通信で罵倒した友人に、ジーノは叫ぶように通信文を叩きつけた。
『誰かが足止めしなきゃ全滅だ! それにオレ達は進まないと!!』
赤い光が明滅する。消失消失消失……
味方を示す光が消える。
軋む機体を起こし、再度突撃しようとする。
──とても、とても長い溜息が聞こえた。
『なら、進むのはお前だな』
光条が、ジーノの鼻先を掠めて、巨躯へと降り注ぐ。
『お前、近接武器しか積んでないじゃん。どうやってその後離脱すんだよ』
『う、いやけどでも』
迷う彼に、穏やかな声が告げる。
『いいから行け。行って果てにたどり着け。創造の果実を持ち帰れ』
ロイを中心に陣形ができる。言葉を交わすことのできない彼らも、ロイの意思に従うらしい。
その様をみてジーノは腹を括る。
──アクセルをふかす。
『ああ』
死ぬなよ? 後から追いつけ? なんと言葉をかければいいだろう。
──リミッターのロックを、ひとつづつ解除していく。
友人程、自分は器用ではないのだ。ここでジーノが先に進むのは、使命のために友人を見捨てると同義だ。
『ジーノ』
だから、その瞬間飛び込んできた通信文に、ジーノはとても驚いた。
──またな
ジーノが爆発的に加速するのと、巨躯に一斉掃射が降り注いだのは同時だった。
景色が目まぐるしく変わっていく。
ぎしり、とどこかで音がした。
疾走った。ただひたすらに疾走った。
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