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軋む機体をねじ伏せて、出くわす敵を片っ端から切り捨て、前進し続けていたジーノは、ふらふらと柱にもたれかかった。
疲労ではない。出力系がおかしい。吹き飛ばされた時だろうか。
進むことの出来なくなったジーノは項垂れた。
このままでは、使命が果たせない。彼を送り出してくれた友の気持ちを、踏みにじってしまった。やはり進むべきは自分ではなく、彼だったのだ。
──と、
「あれあれー? 諦めちゃうんですかー? せっかくこんなに奥までこれたのにー」
その声は、とても甘くたおやかだった。鮮明に聴こえた音源がどこからか、機体は事務的にサーチする。
「こ こ♡」
にこーと笑って、メインモニターいっぱいに映ったその顔は、見たことがない生き物だった。
顔はつるつるしていて、劇場で働くマリオネッテに似ているのに、とても柔らかそうで瑞々しくて。頭頂部から、尖った耳が生えている。高級なぬいぐるみのような、もふもふとした質感だ。白いノースリーブブラウスの胸元には、フリルがあしらわれ、赤く短いスカートは、ダリアの花の様だった。そのスカートから覗く足は、黒い網タイツで覆われ、四本の白い尻尾が揺らめいていた。ヒールの高い靴をカツンと揃え、小首を傾げるその生き物に、ジーノは衝撃を受けていた。
『な、んだ……お前!!』
それは、ぷくーと頬を膨らまし
「お前じゃないですー
カンロちゃんですー
そういうぼうやは、どちら様ですかー?」
とかいうものだから、ジーノは遂に自分はバグったのだと察した。
『幻ならせめて、アイツに最後に謝りたかった…』
視界に入れないように俯くと、カンロと名乗ったそれは、酷く憤慨したようだった。
「もうー酷いヒトですね。カンロちゃん無視ですかー? せっかくもうすぐ扉なのに諦めちゃうし」
──!?
ぱっとジーノは顔を上げる。
『今、なんて……』
「カンロちゃんむ」
『その後! というかお前はどうやってここに来たんだ。さっきのやつの仲間なのか!?』
「さっきのやつて、魔導ゴーレムです? ユーミルから紛れ込んだんですかね九界の門は混ざりやすいですからね」
『門の向こうにはあんなのが沢山いるのか……!』
違う衝撃に包まれる。
「で、カンロちゃんが何故いるのかは内緒でーす。死にかけてるヒトに教えても仕方ないですしー? おや?」
ぐっと機体を起こしたことでカンロはぴょんっと飛び降りた
「何してるんです?」
『行かないと』
「どこへ?」
少し、温度の下がった彼女の声音。
答えなくても分かるだろう。ジーノはそう判断して、悲鳴をあげる機体をゆっくりと動かしていく。おかしくなった出力系をサブに切り替え、ひとつずつ動作を確認する。もう走れないけども、進むことはできるはずだ。
駆動系は生きてる。高周波ブレードを握り込む。センサーも
──!?
熱源あり。柱の影。ターゲッティング。カンロ──
思わず機体で庇おうとして、動かないことに愕然とする。カンロはまだ気づいてない。駆動系は生きている。だがこのラグは致命的だ。動け動け動け動け動け
疾走
ふわっと機体が軽くなった気がした。
しゅ──っとどこかで蒸気の音がする。
カンロを庇うように立ち塞がると、背後から驚いた気配がした。
ふわりと包み込まれて、当惑する。
「優しい子ね」
先程までの巫山戯た口調ではない柔らかな声。ああ、背後から首に腕を回されて、抱きしめられているんだ、と彼は認識した。
けれど、彼女の腕は、そんなに長かったっけ?
彼女を守れたのか、わからない。
ジーノの意識は、そこで一旦途切れた。
そこにあるのは、スクラップだった。
彼女はどこか残念そうな、嬉しそうな曖昧な笑みを浮かべて、ひとつの塊に手を突っ込むと、いくつかのパーツと、一番要のそれを引きちぎりながら取り出した。
「優しい子。優しくて馬鹿な子。優しい子にはご褒美をあげなきゃだけど、ゴミは捨てないとね?」
ふわりと周囲に引きちぎったパーツを浮かべると、スキップするように歩き出す。
「ぼうやはどちらになるかしら。あのヒトを楽しませてくれると、いいのだけど」
そうして門までたどり着くと、ポイッとそれらを放り捨てた。
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