1話 彼と彼女のプロローグ

3/5
前へ
/28ページ
次へ
 軋む機体をねじ伏せて、出くわす敵を片っ端から切り捨て、前進し続けていたジーノは、ふらふらと柱にもたれかかった。  疲労ではない。出力系がおかしい。吹き飛ばされた時だろうか。  進むことの出来なくなったジーノは項垂れた。  このままでは、使命が果たせない。彼を送り出してくれた友の気持ちを、踏みにじってしまった。やはり進むべきは自分ではなく、彼だったのだ。  ──と、 「あれあれー? 諦めちゃうんですかー? せっかくこんなに奥までこれたのにー」  その声は、とても甘くたおやかだった。鮮明に聴こえた音源がどこからか、機体は事務的にサーチする。 「こ こ♡」  にこーと笑って、メインモニターいっぱいに映ったその顔は、見たことがない生き物だった。  顔はつるつるしていて、劇場で働くマリオネッテに似ているのに、とても柔らかそうで瑞々しくて。頭頂部から、尖った耳が生えている。高級なぬいぐるみのような、もふもふとした質感だ。白いノースリーブブラウスの胸元には、フリルがあしらわれ、赤く短いスカートは、ダリアの花の様だった。そのスカートから覗く足は、黒い網タイツで覆われ、四本の白い尻尾が揺らめいていた。ヒールの高い靴をカツンと揃え、小首を傾げるその生き物に、ジーノは衝撃を受けていた。 『な、んだ……お前!!』  それは、ぷくーと頬を膨らまし 「お前じゃないですー  カンロちゃんですー  そういうぼうやは、どちら様ですかー?」  とかいうものだから、ジーノは遂に自分はバグったのだと察した。 『幻ならせめて、アイツに最後に謝りたかった…』  視界に入れないように俯くと、カンロと名乗ったそれは、酷く憤慨したようだった。 「もうー酷いヒトですね。カンロちゃん無視ですかー? せっかくもうすぐ扉なのに諦めちゃうし」  ──!?  ぱっとジーノは顔を上げる。 『今、なんて……』 「カンロちゃんむ」 『その後! というかお前はどうやってここに来たんだ。さっきのやつの仲間なのか!?』 「さっきのやつて、魔導ゴーレムです? ユーミルから紛れ込んだんですかね九界の門(ナインズ・ゲート)は混ざりやすいですからね」 『門の向こうにはあんなのが沢山いるのか……!』  違う衝撃に包まれる。 「で、カンロちゃんが何故いるのかは内緒でーす。死にかけてるヒトに教えても仕方ないですしー? おや?」  ぐっと機体を起こしたことでカンロはぴょんっと飛び降りた 「何してるんです?」 『行かないと』 「どこへ?」  少し、温度の下がった彼女の声音。  答えなくても分かるだろう。ジーノはそう判断して、悲鳴をあげる機体をゆっくりと動かしていく。おかしくなった出力系をサブに切り替え、ひとつずつ動作を確認する。もう走れないけども、進むことはできるはずだ。  駆動系は生きてる。高周波ブレードを握り込む。センサーも  ──!?  熱源あり。柱の影。ターゲッティング。カンロ──  思わず機体で庇おうとして、動かないことに愕然とする。カンロはまだ気づいてない。駆動系は生きている。だがこのラグは致命的だ。動け動け動け動け動け  疾走  ふわっと機体が軽くなった気がした。  しゅ──っとどこかで蒸気の音がする。  カンロを庇うように立ち塞がると、背後から驚いた気配がした。  ふわりと包み込まれて、当惑する。 「優しい子ね」  先程までの巫山戯(ふざけ)た口調ではない柔らかな声。ああ、背後から首に腕を回されて、抱きしめられているんだ、と彼は認識した。  けれど、彼女の腕は、そんなに長かったっけ?  彼女を守れたのか、わからない。  ジーノの意識は、そこで一旦途切れた。  そこにあるのは、スクラップだった。  彼女はどこか残念そうな、嬉しそうな曖昧な笑みを浮かべて、ひとつの塊に手を突っ込むと、いくつかのパーツと、一番(かなめ)のそれを引きちぎりながら取り出した。 「優しい子。優しくて馬鹿な子。優しい子にはご褒美をあげなきゃだけど、ゴミは捨てないとね?」  ふわりと周囲に引きちぎったパーツを浮かべると、スキップするように歩き出す。 「ぼうやはどちらになるかしら。あのヒトを楽しませてくれると、いいのだけど」  そうして門までたどり着くと、ポイッとそれらを放り捨てた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加