2話 水と鏡と約束と

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 買い物に行くという彼女に付き添って、ジーノはその街を歩いていた。  霧がない。空は晴れ渡り、綿菓子のような雲が浮かぶ。  通りに並ぶ屋根は、赤やオレンジが多い。  壁もクリーム色で、敷石が飴玉のようにつやつやだ。──ここは、どこだろう……  あまりにも、ジーノの知っている風景とかけ離れている。やらなければいけない事があった。そのために自分はここにいる。でも何を?  頭に霞がかかったかのように、判然としない。 「おや、アインちゃん買い物かい? 焼きたてのバゲットがあるよ」 「こんにちは! いい香りね」 「お連れさんがいるなんて珍しいねぇ。二人で食べな」  街に入るなり取り囲まれたアインは、自分で買う以上に物を与えられ、ふらふらとする。油断すると見失いそうだ。  ひょい、とジーノはアインから荷物を奪うと、訊ねた。 「どこに行きたいんだ?」 「服屋さん、かな」 「ならそこに行こう」  空いている左手を差し出すと、アインは(わず)かに瞠目(どうもく)した。花の咲く笑顔とは、こういうことを言うのだろうか。ぎゅっと握り返して、えへへと笑ったアインは、とても幸せそうだった。 「その、てっきり君の服を、買うのかと…」 「う?」  次から次へと、アインが持ってきたのは、全部男物だった。肩幅をあわせて、色の取り合わせを見て、そんなのはついでだと思ったのだ。ところがそうではないらしい。 「だって今、貴方が着てる服、おばあちゃんが、昔着てたものなんだもの。貴方の服を買わないと」  たっぷりした袖のシャツと、紐でウエストを調節するスラックスは、マニッシュなデザインが流行っていた頃のもののようで、ジーノにも着れないことはない。 「俺には今、手持ちの金がない……  せっかく選んでくれてるのに、ごめん」  しょぼんと俯いたジーノに、アインは少しポカンとする。 「大丈夫よ。ね、こっちとこっちどっちがいい? 試着してみて」  満面の笑みでそう言われて、受け取った二つの服を持って、カーテンに向かう。そういえばここは、店員が話しかけてこないな。ぼんやり考え事をしながらカーテンを開けて、ジーノは固まった。  鏡  鏡だ  むに、と自分の頬をつねる。柔らかい。  長い髪の少年が、そこに映っていた。  ──俺は、こんな顔をしていただろうか。  ──?  何を考えた? 当たり前じゃないか。  違和感がある。  目が覚めてから、ずっと。  何かが、おかしい。  ただ、自分が何にそんなに衝撃を受けたのか、もうジーノにはわからない。鏡をあまり見ないようにして、服に袖を通す。今はまだ考えたくなかった。  会計は、いつの間に済ませていたのだろう?  店員と話してたアインは、似合うねと微笑むとすんなり店を出た。 「悪い。いつかちゃんと返す」 「別にいいのに」 「そんな訳にはいかない。君には与えてもらうばかりだ。それでは釣り合いが取れない」 「じゃあ…」  躊躇うように、アインはジーノを見上げる。 「いつか、私が困っていたら助けてね? それでおあいこ」 「ああ」  ジーノは力強く頷いた。 「命にかえても」 「大袈裟だってば!!」
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