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騒がしい居酒屋の店内を抜けて花瀬は外で一服している奥秋と同じく大学時代からの腐れ縁であるもう一人の悪友、江國に向かって腕組みしながら呆れ声を掛ける。
「──お前は少し奥秋くらい空気の読める男になったらどうなんだ?」
「なぁにが、チョー読んでんじゃん、空気。失恋した親友に癒しの出会いを──みたいな? 新しい命が産まれてめでたい時に半分ゾンビになった男二人と飲んで何が楽しいのよ、非生産的過ぎてアルコールの価値が下がるわ。酒は楽しく飲むものだろ、脳が酒をネガティブにインプットすんだろが」
「別にお前まで巻き込んだつもりはないけどな?」
「お前ら二人の考えなんて安易に想像ついたんだよ、案の定二人で告別式だったじゃねぇか、失恋でそれしていいのは可愛い女の子とΩだけって昔から決まってるんだからね?」
眼鏡の下から覗く江國のシラけた視線に痛い腹をつつかれ、悔しいかな、花瀬は返す言葉を失う。
店内に一人残してしまった奥秋のテーブルへと帰るため花瀬は「先に戻ってるぞ」とだけ言い残し、江國に背を向けた。
戻って来た花瀬の姿を見てホッとしたのか、奥秋がすぐに安堵の表情を見せたのが遠目でもわかった。
「おそーい、花瀬くんっ」
「ごめんごめん、仕事の電話だったから長引いて」
テーブルへ戻ると三人の女性がそれぞれに花瀬に文句を溢しながら再び明るく話し始める。何事もなかったかのように奥秋も花瀬も慣れた仕草で彼女たちの相手をこなしはじめる。
自分が知る、とある雄のΩの繊細さを思えば彼女たちの機微はとてもわかりやすい──今は群れをなしているから尚更だ。
忘れると今朝断ち切ったはずの誰かの影を未だにこうして何かにつけては思い出す自分がこれ以上ないくらいに情けない──。
江國がわざと似ても似つかない女性たちを紹介したのはそこから離れるためだとわかっているのに、似てなさすぎがかえって記憶の奥にいる誰かを蘇らせる──。
これじゃあ恋に恋する思春期の少年だ──。
実らなかった片想いはこんなにも鮮明に人の心に残るのかと花瀬は自身の年齢に似つかわしくない純粋な恋心に辟易とした。
その甘ったるい感情を打ち消すように濃くて苦いアルコールを一気に喉の奥へと流し込んだ──。
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