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突然ガツンと顎を何かに殴られて花瀬は痛みと驚きで目が覚めた。頭上には見慣れた自分の部屋の天井があってそこへ明るく差し込む太陽の光──どうやらもう朝のようだ。
驚いて見開いた目の二番目に入ってきたのは人間の足だった。近すぎていまいちピントが合わずに花瀬は眉間に皺を寄せたまま起き上がる。
さっきの痛みの原因はこれか、と痛む顎を撫でながら見覚えのない枕元の足を睨んだ。
──奥秋のでも江國のでもない、二人より明らかにサイズが小さいし白くて細い。
足の持ち主を確かめようと視線を動かすと花瀬の持ち物であるスウェットの上衣だけを着て豪快に寝ている見知らぬ男がいた──。
「──誰だ?」
花瀬から向かっての自身の足側、つまり相手の頭側に花瀬は身体ごとズレてその正体を覗きに行く。
大きな口をだらしなく開いて色気なくいびきをかきながら寝ているその男の正体が花瀬には全くわからなかった。
昨日は江國の知人女性三人と飲んでいたはずなのに、今ここにいるのはその中の誰でもない上性別すら最早別物だ──。
少し不安になって相手のスウェットの裾をめくると下着はちゃんと履いてあったので無駄に花瀬は安堵した。
その花瀬自身上半身は裸なものの、下半身は昨夜履いていたスラックスのままだった。その姿に安堵した反面、一晩そのまま眠ったせいで皺くちゃになったスラックス相手に後悔の念のあまり顔を歪めた。
ベッドから起き上がり自分の携帯を探す。
床に乱暴に転がったそれを見つけて手に取り、親友たちとの最後の記憶を辿ろうと中を確認する。
画面の中のやりとりは六人で呑み終え、実りないまま解散したことが伺えたが、それ以上のことは読み取れず、どうして自分の部屋に知らない男が今寝ているのか全くもって確認出来なかった──。
かつての人生でここまでの醜態を晒すほど酒に溺れた経験のなかった花瀬は、思ってた以上に深かったらしい自分の傷心具合にあまりにも情けなくて苦い笑いが出た。
「──そんなに好きだったのか? 驚いた」
思わず口をついて本心すら溢れる。
今更だというのに少し泣きそうにもなる──あまりにも情けないと思う反面、自分ではダメだった運命の結末にひどく落胆する。
新しい家族を築かれてしまってはもう太刀打ちできない──そこで微笑み暮らす、幸せな相手の姿を想像するだけで今でも気が遠くなりそうだった。
黒い短髪を無造作にグシャグシャと乱暴に掻き回し、自分の愚かさに呆れて短く息をつく。
「大人の男でも失恋ってのはダメージがデカいんだね」
いきなり背後から見知らぬ声がして、花瀬はビクリと肩を揺らして声の主の方を振り返る。
部屋にもう一人いる事を危うく花瀬は忘れかけていた。
豪快にいびきをかいて寝ていたはずの男はすっかり目を覚ましたらしく、ベッドに腰掛けこちらをじっと眺めていた。
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