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花瀬は両腕を伸ばして紫葵を引き寄せ、これ以上はないくらい強く、その身体を抱き締めた──。
「くるしっ……慧く……」
画面越しじゃない、直に耳の奥に届く紫葵の声──。
花に似たその香り、胸に伝わる心音、肌、温度、触れられるこの身体の全て──夢なんかじゃない、本物なんだ──ここにいるんだ──
自分の腕の中にあの紫葵がいる──
「おかえりなさい。慧くん──2年間お疲れ様でした」
ようやく全身の力を抜いてその顔を間近で確認した。
少し大人になった紫葵がそこにはいて、2年前にはなかった不思議な色香がどことなく漂っていて花瀬の胸は無駄に騒いで心臓が早く打つ──
「髪の毛、薄茶色だ──こんなナチュラルな紫葵初めて見たよ──」
「地毛、だよ。日本に帰ってきたら本当の俺で会いに行こうと思ったの。流石にどの紫陽花にも当てはまらないでしょ?」
「紫陽花のこと覚えてたの?」
「忘れるわけない。慧くん言ったこと、忘れるわけないよ」
「2年間、本当に待たせてごめんね。長かったよね、一人にしてごめんね。でも待っていてくれて嬉しい、本当にありがとう──愛してるよ、紫葵」
「俺も──愛してる、慧くん……」
紫葵の唇に触れかけた瞬間、風船でも近くで割られたような赤ん坊の鳴き声がロビーに響いた。
花瀬は思わず紫葵から顔を離した。
泣いていたのは隣に立つ奥秋の腕の中で抱かれていた小さな赤ん坊だった──。
見たこともない──小さな子。
だけれど花瀬は何の疑いもなく口にした──
「──俺の子だ……」
奥秋は微笑みながら泣いてるその子を紫葵へと預ける。紫葵の胸に抱かれた瞬間、その子は嘘みたいにピタリと泣くのをやめた。
「凛っていうの……女の子だよ。今1歳と3ヶ月。こんな大切なこと内緒にしててごめんね──だけど話したらきっと慧くんは日本に帰ってきちゃうと思ったから。ずっと言わずにいたんだ──本当にごめんなさい」
腕の中で紫葵と同じ薄い茶色の髪をした小さな女の子を花瀬は幻でも見るみたいに覗き込んだ。
ゆっくりとその柔らかな頬に手を伸ばし、そおっと頭を撫でる。
「可愛い……。小さいなぁ……、ふふ。目が紫葵そっくりだ。おっきくて猫みたいに丸い……」
「鼻は慧くんに似て高いでしょ?」
「うん、そうかも──」
くすりと笑ってつんとその小さな鼻の先を人差し指で触れ、花瀬は形を確かめる。
「名前……一緒につけたかったよね……ごめんなさい」
「ううん、謝らないで……。凛か──可愛い名前。紫葵と同じ夏の名前だな……。紫葵がずっとこの子を守ってくれてたんだな。一人でずっと頑張ってくれたんだね──大変だったよね。すごく勇気がいったよね──ありがとう、紫葵。この子を無事に産んでくれて、大切に育ててくれて、守ってくれて、本当にありがとう」
ずっと張り詰めていたものが解けたのだろうか、紫葵はいつのまにか泣いていた──。
21歳ではじめての妊娠と一人で向き合って、一人で決意して、そして出産した──。
一人でずっと番に伝えることなく自分の子どもを守り続けた──。
「紫葵にはもう、一生頭が上がらないな」
花瀬は、凛を胸に抱いて泣いている紫葵をそのまま優しく大きく包み込むようにしてゆっくりと抱き締めた──。
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