さよなら、ちっぽけな君

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シノブ君は、私と同じ「チビ」だった。 日に焼けていて、痩せっぽちで、私と同じ、列の一番前に並んでいた。 「チーちゃん」 男子の中で、私を「ちゃん」付けで呼ぶのはシノブ君一人で、 私達は、確かめ合ったワケではないけれど、互いを親友だと思っていた。 そんなシノブ君が、中学に上がって変わってしまった。 私立に通うことになった私は、シノブ君とは別々の中学だったけど、 たまたま歩いていた帰り道の駅前で、偶然会ったのだ。 「あー……あいつ! 名前何だっけ!!」 ヤンキーっぽい男子を両端に従え、 染めた前髪をかき上げて発せられた彼の言葉に、幼い頃の遠慮は無かった。 私は反射的に背中を向け、早足で歩き出した。 つまり、無視したのである。 シノブ君が「チーちゃん」と呼んでくれなかったら、ではない。 単純に怖かった。 「あっ」 という声がしたかは覚えてないが、シノブ君はもしかしたら両端の男子の前で、大恥をかいたかも知れない。 今でもその道を通ろうとするとビクビクしてしまい、シノブ君のやけに低くなった声を思い出す。 それから何十年という時が流れて、私は十分すぎるほど大人になった。 時代も流れて、世間にはPCやインターネットが、驚く勢いで普及した。 私はネットの海に、シノブ君の名前を探すようになった。 ――いた。 SNSで見かけたシノブ君は、相変わらずチビだった。 だけど、ヤンキーではなく、眼鏡をかけていた。 シノブ君の人生に、一体何があったのだろう。 おそらく恋とか仕事とか、挫折とか、きっとそんなことなのだ。 それは私には介入しようがない何かで、シノブ君が私の人生を知らないことと同じだった。 だけど、あんなに近かった、シノブ君。 《チーちゃん》 今でも私のことを、ちゃんづけで呼ぶ男の子は居ない。 そっと手を繋ぎたくなる男の子も。 (おわり)
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