閉じ込められた思い出

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 博士が言うには、誘拐された子供たちは、博士の脳内で生きているらしい。彼の発明がそれを可能にさせているそうだが、どれだけ説明されても理解などできるはずがなかった。  彼が偉人の類でなければ、容疑者の身勝手な妄想で済ませていただろう。しかし彼は、現にタイムマシンをも発明した科学者。一般人の知識や常識など、通用するはずもない。  誘拐された子供たちを取り戻すための手がかりになるかもしれないと、警察官たちは博士とともにタイムスリップを試みた。博士が元いた未来に向かうため。  博士の研究室ならば、その脳内を映像として投影できるとのことだった。映像を確認し、子供たちの生存を確かめる。生存? そもそも博士の脳内で生きているという状態を、生存と捉えていいものか微妙なところではあったが。  警察官たちにとっては近未来的な研究室。研究器具や実験用品はもちろんのこと、当たり前のように置かれてある日用品に至るまで、すべてが理解しがたいものばかり。これから訪れるであろう時代の変貌に驚きを隠せなかった。 「では、博士の脳内を投影してもらおう」  特殊なヘッドセットを頭に装着した博士は、手にした小型デバイスの再生ボタンを押した。  明かりが消された研究室の壁に、映像が浮かび上がる。そこには、先ほど見てきたばかりの小学校の校庭が映し出されていた。  ドッヂボールする子供たち。鬼ごっこする子供たち。一輪車でスピードを競う子供たち。身を寄せ合って談笑する子供たち。  各々の楽しみに耽る子供たちの輪の中、誰よりも楽しそうに笑う子供がいた。博士だ。  彼は誘拐された子供たち――友達と仲良く遊び回っている。その姿は、影に飲み込まれそうなほどの孤独を背負った少年のそれではなかった。  校庭の隅で真実を目の当たりにした警察官たちは、切ない物語を見ているような気分になり、胸が締めつけられた。  博士はあまりも辛い過去を、こうして脳内で書き換えることで、健全な精神を保とうとしているのかもしれない。そして、それを閉じ込めておくことで、それは事実となり、永遠の思い出となる。 「と、まぁこんな感じです。理想の思い出ってやつですよ」  まだ映像が終わっていないにも関わらず、博士は映像を停止しようとした。 「まだ、映像が続いてるじゃないか?」 「いくら見たって一緒でしょう」 「何か手がかりがあるかも知らん。もう少し見させてもらいたい」 「他人にとっては退屈な映像が続くだけですよ――」  博士の一瞬の狼狽を、警察官は見逃さなかった。椅子から勢いよく立ち上がると、彼の手からデバイスを奪い取った。 「なにをする!」  穏やかだった博士の様子が豹変する。  それに呼応するかのように、映像の中の少年にも異変が。友達と楽しそうに遊んでいた輪の中からふらっと飛び出し、校舎の方へとひとり走って行った。  階段を駆け上がり二階にあがると、教室のドアを乱暴に開けた。廊下側の席の前で立ち止まる。きっとそこが自席なのだろう。机の脇にぶら下げたランドセルをゴソゴソと漁る。そして、中から何かを取り出した。  その手には、鋭い光を放つナイフが。少年は不敵な笑みを浮かべたあと、その手に凶器を握りしめたまま教室をあとにした。  ふと立ち止まり、窓から校庭を眺める彼の目は、紛れもなくあのとき見た影の中のそれだった。  一度だけナイフで(くう)を突き刺すと、彼は納得した様子で校庭に向かい走り出した。
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