悩乱

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悩乱

 人に好意を抱くことも抱かれることにも興味なんてなかったはずなのに、その隠そうとして隠し切れないキラキラした目が自分に向けられていることに僕はいつしか心を乱されるようになった。  僕の牧田健治の第一印象は、さほど覚えていない。ただのクラスメイトで、男には珍しく百人一首同好会に入会してきた生徒、というだけ。それが何で、こんなにも気になってしまうのか。それは他ならない、彼の僕に対する目つきだった。  男子生徒同士ということで、何かしら組まされることが多い僕ら。札も触ったことがないと言うのだから、優等生らしく丁寧に教えてあげていたのだけれど。その視線が、ただ教わる者のそれではないというのはすぐに分かった。憧れというにはあまりに熱い。女子生徒が告白をしてくるときのようなそれとは比べ物にならないほどの熱量を持った視線だった。  しかし健治君は、一向に近づいては来なかった。普段の態度からして、あまり賢いというような子ではない。そのちょっと抜けているような、幼いところが可愛いのだけれど。だからこれは駆け引きではないはず。それでもこの一面だけは利口であろうと決めているのか、仲のいい友人以上の行動を取ろうとはしなかったのだ。それがなんだか、僕の心をかき乱す。 「やっぱり、部活後のカルピスは最高!」 「文化部なのに?」 「いいの、細かいことは」 「ごめん、健治君」  毎日僕たちは、いつも二人で同じ道を帰る。その道は僕の家からは遠回りだけれど、それでも僕は健治君と少しでも長く話をしていたかったのだ。自分がこんな行動を取るようになるなんて、数か月前は思いもよらなかった。  そしていつも健治君の手には、カルピスが握られている。部活が終わって購買の閉まるギリギリの時間に、いつも買っているのだ。今日は炭酸の気分なのか、カルピスソーダが握られている。そのカルピスを、僕は密かにため息をついて眺めていた。  僕はあまり甘いものが得意ではない。カルピスなんて、一年以上口にしていないのだ。だからこそなのか、健治君とカルピスという組み合わせを見ると考えてしまうことがある。  僕はいつか、普通にカルピスの飲める奴に健治君を取られてしまうのではないか。  嗜好が似た者を選ぶのは当然のことだろう。自分がなぜ彼に好かれているのかも分からないから、なおさらそんなことを考えてしまう。しかしその光景を黙って見ている僕ではない。そんなことは絶対にさせないと、まだ見ぬそいつに心の中で唸ってみせるのだ。
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