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追憶
彼に初めて出会ったとき、僕は懐かしい衝撃に襲われた。それはまるで、初めてカルピスを飲んだ時のような感動。子供の頃にお中元で貰った、白くて不思議な甘い液体。それを初めて口にした時の、驚きとも興奮ともつかぬ心を揺さぶられる感覚。
「宮本充です。よろしくお願いします」
さらりと指通りのよさそうな黒髪と丸い顔の輪郭が幼く見えそうなものだけど、目元が涼やかなせいか利発そうな印象を与える。愛想よくにこりと笑った充君に、僕はもう釘付けだった。
一目惚れとは、本能が何を察知した結果なのだろうか。自分で体感してみても、よくわからない。しかし僕は確かに、充君が好きなのだ。興味もないくせに、充君と同じ百人一首同好会に入るくらいには。
「やっぱり、部活後のカルピスは最高!」
「文化部なのに?」
「いいの、細かいことは」
「ごめん、健治君」
まだ昼間なんじゃないかと思うほどの明るい道を、僕と充君が並んで歩いている。僕の右手には、子供のころから大好きなカルピスソーダが握られていた。最初ほどの感動はないにしろ、やはり僕はこれが好きなのだ。少しぬるくなったそれを弄びながら、ちらりと隣で歩く充君の顔を見る。首筋や額には、じっとりと汗が浮かんでいた。
同じクラスで同じ部活、それに僕たちは毎日一緒に帰る。それでも充君への思いは飽きるということを知らず、それどころかいろいろな面を知って好奇心がわいてくるのだ。甘いものが苦手だとか、一人っ子だとか。そうやって充君のことを知っていくのが、純粋に楽しい。
いわば、恋に恋してるとでも言うのだろうか。
「そろそろ大会まで一か月だね。充君は個人も団体も出るの?」
「まぁね。部員少ないから」
わが中学の百人一首同好会は、女子が四名、男子が二名。団体戦は五人で行われるため、ほぼ全員が出る必要がある。
「僕は出れないけど、応援に行くから」
「うん、ありがとう。嬉しいよ」
今年の四月に初めて百人一首というものに触れた僕では、戦力外もいいところだ。しかし野球やサッカーのように声を張るわけにもいかないので、応援といっても本当にただ勝利を祈ることしかできない。それでも充君に嬉しいなんて言われると、こそばゆさの中に満たされた気持ちが広がっていった。
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