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思わず処置室のドアを開けて、中へ入った。
医師と看護師と礼子がばあさんを抑えようとしている。
「おい、こら、母さん、何してるんだよ、大人しくしないと迷惑かけるだろ?」
私をどけて、ばあさんへ駆け寄り声をかけたのは夫。
「あー、カズヨシ、早くうちに連れて帰っておくれ、こんなとこはいやだよ、早く!」
ばあさんは立ち上がろうとしたけど、立ち上がれない。
「ダメですよ、まだ治療が終わってません。これから詳しく検査して…」
「うるさい!さわるな、あたしはなんともないよ、出て行け!カズヨシ、早く、母さんを…」
夫はそっと、ばあさんの腕を取り肩に乗せてゆっくり立ち上がらせようとした。
「あいた、た、た、」
「おそらく足の骨にヒビが入っているか、折れているかと思われますし、まだ詳しく検査しないといけないんですよ、だから、大人しくしてください」
「母さん、オレがついてるから、ね!」
夫はゆっくりと、ばあさんを座らせた。
診察のための機材やカルテらしき書類、筆記具などがそこら中に散乱している。
「息子さんですか?」
「いえ、知り合いです。なんでか俺のことを息子と勘違いしてるんだけど」
「すみませんが、もうしばらくここにいてもらえませんか、私どもだけでは落ち着かせることができなくて」
「わかりました」
夫はばあさんの息子…礼子の旦那さんのフリを続けることにしたようだ。
「ここは俺がいるからさ、礼子ちゃんと外に出てていいよ」
「うん、お願いね。礼子、さ、ここは任せといて外で旦那さんに連絡しよう、ね?」
礼子はすみませんと頭を下げて、旦那さんに電話をかけに外に出た。
私は少し離れた所で待つ。
それにしても…。
_____あんな風に変わってしまうんだ…
さっき見た、ばあさんの様子を思い出した。
何度か会ったこともあるし、おしゃべりもしたことがある。
お洒落でハキハキしていて、今流行りのお笑いのネタでも盛り上がれる人だったのに。
顔つきというか、目が違った。
私が知ってるばあさんじゃなかった…。
優しくて楽しい人だった家族が、ある時からあんな風に豹変して、それが元に戻らないなんて…。
怖いなと思った。
しばらくして、電話が終わって礼子が戻ってきた。
「旦那さん、どうだって?」
「明日1日、時間をくれって。もうずっと日本にいられるように、会社に話すからって。それで退社になるかもしれないけどって」
「じゃあ?」
「うん、明後日には帰ってきて、そのまま日本にいてくれるみたい」
「よかった、本当によかったね」
「うん、ありがとう」
「これからは、1人で頑張らなくていいんだよ、相談できる家族がそばにいるって一番だよ」
ほどなくして、ストレッチャーに乗せられたばあさんが出てきた。
眠っているようだ。
「礼子ちゃん、先生が話があるって呼んでたよ」
夫と入れ替わりに、礼子はさっきの処置室の中へ入っていった。
「ばあさんは、しばらく入院になりそうだよ。あ、礼子ちゃんの、旦那さんは?」
「今中国なんだけど、明後日には日本に帰ってくるみたい、もう海外に行かなくていいようにしてからって」
「そうか、よかった」
「色々、ありがとうね」
私は夫の背中をポンポンと叩いた。
ぷっ!ぷっ!
「あー!」
「だって、背中押すと出るよね?」
「歩きながらするなって、遥那にも言われたでしょ!」
緊張感が一気に抜けたら、お腹が空いていることを思い出した。
「礼子も連れて、朝ごはん食べに行こうか?」
「そうしよう」
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