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それはある日唐突に
今日は、朝から慌ただしい。
何故なら、娘が結婚を決めた恋人とその両親に正式に顔合わせをする日だからだ。
「ちょっと早くして、いつまでも洗面所を独り占めしないで」
いつもより長時間、洗面所で身だしなみを整える夫。
普段からちゃんとしないと、こんな時に手こずるってあれほど言っといたのに。
「なんだよ、今日は念入りに髭を剃らないと、恥をかくのは遥那なんだぞ」
「それはそうだけど…」
私だって顔を洗って準備したいんだけど、と言うのはやめておいた。
朝は機嫌が悪くなりがちな夫に、遠慮した。
こんな日に機嫌を損ねたらやっかいだから。
「パパぁ、いつもみたいに歩きながらとか、いきなりオナラしないでね、あれやったらダメだよ、絶交だからね」
娘の遥那がダイニングでメイクをしながら夫のダメ出しをする。
オナラの風圧で前へ進む力を生み出す、とかなんとかバカなことを言ってた夫。
この前、歩くたびに、ぷ!ぷ!ぷ!と3回もした。
「わかってるよ、遥那のハレの日に、そんなことすると思うか?パパが」
「すると思うから言ってるんじゃん?」
「あ、そっか。ま、気にするな。そんなことを細かく言う奴のところになんか、嫁にやらないから」
二人の会話に私も入る。
「細かいんじゃない、マナーというかエチケットなの。子どもじゃないんだからそういうところはちゃんとしてね」
「わかってるって。あ、ほらぁ、余計なこと言ってるからシェーバーの充電が切れたぞ」
替りの髭剃り持ってきてと夫の声が聞こえたけれど、知らんぷりして洗濯物を干しに庭へ出る。
_____自分のことは自分でしてっていつも言ってるのに
パンパンとバスタオルを広げて、干していく。
「あら、おはようございます。今日は朝から賑やかね、ご家族でどこかお出かけ?」
肩の高さほどしかない隣家との境目の塀越しに、そこの奥さんが話しかけてきた。
噂好きでちょっとめんどくさい人。
「えーと、たまにはみんなで食事でもと思って」
「あら、いいわね、ご家族仲良しで」
_____娘の結婚がどうとかなんて、絶対言うもんか
昔、庭で蜂に刺されて泣いている息子の様子を見て、虐待されていると騒いだこの隣人。
近所の誤解を解くのに相当な時間がかかったことを、私は忘れていない。
言った本人はすぐに忘れたっぽいのがまた腹立つけど。
私は洗濯物を干すのがとっても忙しいと言わんばかりに、パタパタと干し続ける。
何か話したそうな奥さんに、隙を与えてしまわないように。
_____てか、私、何してるんだろ?
朝起きてから、ご飯の用意して掃除して洗濯して、ずっと動いてるのにそれが当たり前だと、家族ばかりか私自身も思っている。
隣の奥さんとのことにも気を遣って。
そういう毎日の何気ないことに、少しずつのイライラがはらりはらりと積もり続けていることを見ないフリをしてきたのだけど。
「母さん、朝飯食べる!」
一人、遅く起きてきた息子の聖の声がした。
「え?今?もっと早く言ってよー、こっちは忙しいんだから」
まったく仕方ないなぁとぼやきつつ、キッチンへ向かう。
「おーい、髭剃りはまだかぁ?」
夫の声は無視した。
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