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脱皮?
「そんなわけでさ、いきなり顔から首筋から滝のような汗が吹き出して困っちゃった」
『とうとう美和子にもおいでなすったね、更年期』
遥那の、結婚式のための顔合わせ会から2日後。
私は親友の礼子に電話していた。
同じ年の礼子は、子どもの幼稚園が一緒でその時からの友達だ。
タイプは女優でいうと、あの、ほら、理想の上司アンケート一位の。
黒髪前下がりのボブ。
色白でキツめのルージュがとっても似合って、それが意志の強さを表してるような女性。
「やっぱりそうだよね?あまりにも突然だったからさぁ、焦ったよ、よりにもよってあんな大事な席でさぁ」
『そりゃ仕方ないって。でも、相手の奥さん、いい人でよかったね!』
「そう!私も経験あるからって、わかってくれて。そのご主人も理解があってね。騒ぎ立てずそっとしといてくれるし。それにくらべてうちの人、もう、恥ずかしかったわ」
『なにかしでかしたの?』
「特にこれってないんだけど、相手があまりにもお上品だから、気後れしちゃって」
『でも、隆一君は、肩が凝らなくていい人だと思うけどなぁ』
「まぁね、それはそうだけどさ…。ところで元気にしてたの?そっちは」
この半年くらい、礼子と直接会ってないことを思い出した。
『そこそこ元気、なつもりだけど。若い頃みたいに体力ないなぁと思うよ。徹夜した日とかもう起き上がれないもん』
「なんで徹夜なんかするの?カラオケとか?」
『ううん、うちのばあさん、たまに夜出て行っちゃうのよ。そうすると夜の間ずっと探し回ったりしてね』
「えーっ、大変じゃん、施設は?」
『安く入れるとこは空き待ちだよ、いいとこ入れるお金ないしね』
「はぁ、切実な問題だ」
『そうよ、まだ更年期で汗だくになってるくらい、なんてことないわよ』
「そうか、そうかもね」
『考えようによっては…生理がなくなったことで、毎月のあれこれから解放されたでしょ?間違っても妊娠してしまうこともないんだし』
「まぁね……って、今更妊娠もないでしようが!」
『わかんないよぉ、やりたい放題だよぉ』
「まったく、あんたって人は…」
そんな話でひとしきり盛り上がった。
礼子と話すのは楽しい。
よその家庭の噂話とか芸能人の話みたいなつまらない話をしなくてもいい。
『更年期ってさあ、人それぞれだしツライこともあるみたいだけど…脱皮と考えたら?』
「脱皮?私は蝶か?」
『いや、そんないいもんじゃないけど、ザリガニでもオニヤンマでもいいけど。そこ抜けたら、あとは新しい自分になれそうな気がしない?』
「ポジティブだねぇ!あ、でも、食事会の奥さん、ていうかそのうち親戚になるんだけど。帰り際に名刺をくれたのよ」
思い出して、財布からその名刺を取り出してみる。
『名刺?肩書きは?』
「肩書きはないの、名前と住所と連絡先が書いてあるだけの」
『なんのための?』
「それがね、キレイな虹色の名刺でね。虹色の意味は、これからどんなモノにもなれますって意味だって」
『ん?なに?わからん』
「奥さんでもお母さんでもない、私個人という意味らしい。〇〇の奥さんとかではなく、個人としてお付き合いしてくださいとか言ってた」
『あー、なるほどね。いろんな柵から解放されたってことなのかもね』
「うん、礼子が今言ったことと意味が似てるなぁと思った」
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