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階段を駆け上がり、夫の部屋へ走り込む。
「ちょ、起きて、早く!は、や、く!」
「んぁ、なに、なにごと?」
「大至急出かけるから、顔だけ洗って、早く、ほら!」
「ん、髭は?」
「んなもん、どうでもいいわっ!」
なんでこんな時ばかり、髭を気にする!!
パジャマをTシャツとジーンズに着替えて、なんとなく着替えたらしい夫(パジャマと普段着の区別がつかない)を助手席に乗せて、車で30分ほどの礼子の家に向かった。
「何?どっかのモーニングでも?」
「ちょ、黙ってて、運転は苦手なんだから」
本当は夫の運転がいいのだけど、寝起きの運転はさせないでくれと、昔から夫に言われている。
寝起きが悪いからだと。
朝早い新興住宅地は、ランニングをする人や犬の散歩をする人がちらほらいるだけだ。
歩いている人の中に、礼子んちのばあさんがいないかとキョロキョロしたけど、それらしい人は見当たらない。
坂を上がり切ったところに、礼子の家があった。
昔からここに住んでいた旦那さんの家を、結婚と同時にリフォームして同居している。
門は開いていた。
中に車ごと入る。
玄関の鍵は開いていた。
「礼子?おはよう!ね、どうした?」
もしかしたら、ここに来る間にばあさんが戻ってるかも?なんて考えていたけど。
「あ、思い出した。礼子ちゃんちだ、ここ」
「まだ寝ぼけてたんかいな、そう」
「…で?なにがあった?」
「おばあちゃんが昨夜からいないらしいの」
「徘徊ってやつ?じゃあ、探そう!ほら」
「ごめん、私礼子が心配だから、パパはそこら辺探してきて!」
「了解!」
すっかり目が覚めたらしい夫は、私に向かって敬礼すると外へ駆けていった。
こんな時の夫は、意外と頼り甲斐がある。
連れてきて正解だった。
私は玄関を上がって、奥へ進む。
「礼子?どこにいるの?私だよ、美和子だよ」
ガタンと奥座敷から音がした。
「礼子!」
襖を開けるとそこは、どうやらばあさんの部屋。
座椅子にもたれて、ぼんやりしてる礼子がそこにいた。
「よかった、礼子、いたんだ」
そう声をかけながら近寄る…近寄りながら、びっくりした。
あの、オシャレでキチンとしていた礼子じゃなかった。
よれよれのスウェットに割烹着、ひっつめ髪は半分ほどが白髪だし、口紅どころか顔の手入れは何もしていないようだ。
見た目、私より10?もっと上だ。
礼子のあまりの変貌ぶりに、続けての言葉が出ない。
「ごめ…ん、美和子」
「いいよ、こんな時くらい。でも、ばあさんを探さないと…」
離れようとした私の腕をガシッとつかむ礼子。
「どうした?」
「…」
黙って首を横に振る。
「こ、これ、これがあって…」
礼子の右手に握られていたのは、裏に何かが書いてあるチラシ。
クレヨンで書かれたそれは、幼稚園児よりも読みにくい、ばあさんからの手紙のようだった。
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