プロローグ

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プロローグ

いつまで続くのだろう。 もう見慣れた景色だ。高さ数メートルの防波堤の上に彼女は同僚の機械化兵たちと一緒に立ち、彼女は見張りの任務についた。もう深夜だったが、基地の索敵用のライトが周りを照らしているせいか、ここは昼間のように明るい。  わずか数メートルしか離れていない男たちは、タバコを吸い始めた。昔懐かしの葉巻のタバコだ。今ではヤミで結構な値段で取りされているらしい。  北側の敵兵と南側と東側のキュアリアンの連合軍が戦いを仕掛けてきて、もう数年になる。  敵兵はヘリや、戦闘機でミサイルやレーザー攻撃を仕掛けてくるらしいが、ここの司令本部を攻撃するということはないとの事前情報で伝えられてはいたが、油断は出来ない。 ――大事なことは、生き残ることだ。  かつて彼女の上官が言ったことだ。そのときは意味が分からなかった。今は戦場で戦うことがなにより大事だと思っていた。  この戦いを制しなければ……  あたりまえだ。やらなくちゃ、そうでなければ、ここでは私はなんの価値もない。  そのとき、意識が飛んだ。  なにが起こったのか、最初は理解できなかったが、起き上がり、他の兵士たちが黒焦げで血だらけとなっているのを見て、状況を瞬時に理解した。  爆撃。 上空から四足歩行の機械が降りてきた。蜘蛛を思わせる動きをするそれは通称ガンポッドと呼ばれる殺人マシーンとして、仲間の兵たちに恐れられていた。  いくつもの修羅場をくぐり抜けた者達は突然の奇襲に多少の混乱はあるものの、すぐに事態を把握した。いよいよ敵軍が本格的な攻撃を開始したのだ。  しかも司令本部をたたきにくるなんて……  明らかに情報部のミスであるが、言ってもしょうがない。 「敵襲‼ 全員散開しつつ、防御態勢を取れ‼」 今の上官がそれぞれの兵に指示を出しつつ、彼女は立ち上がり、持っていたハンドガン・パラオーディナンスP14に銃弾を装填し、かがんで迎撃態勢をとった。  自分の脳内と網膜に埋め込まれたマイクロ光学マシンによる、あらゆる戦闘用ツールを起動し、敵を待ち構える。  すると、彼女のヘルメットに内蔵されている無線機から、通信が入った。 「約――分後に、空爆を……」  周囲の爆音にかき消されたせいか、それとも電波ジャックのせいか、あまり聞こえない。 だが、彼女の高性能の耳介は自軍の暗号コードを即座に解読した。 「分隊長‼」 彼女は分隊長のほうを、爆音の中を走る。彼女の脳と、網膜に施されたサイバネティクス機器は彼女自身を安全にナビゲートするが、この爆音と爆風の中、安全というものは少ない。  網膜にナビ情報が写るが、彼女は自分の長年培ったカンを頼りに進む。というのも、ナビ情報はこのような激しい戦火では、写される情報と実際の場面というのは、数秒単位で差が出てしまうのだ。  そのわずかな差が命を失わせることを、彼女はよく知っていた。  それに彼女はこういったメカニックよりも、自分の能力のほうが時には有利になることを経験上知っていた。  すぐに分隊長(40代くらいの、年配の男)を捕まえると、「第○○隊より、空爆が始まります。あと2~3分ほどです。」と、先ほど入手した情報を報告した。  分隊長と呼ばれた男は数秒ほど、地面に顔を向けたあと、あとから来た二等兵に次々と指令を出し始めた。  彼女はそれを理解した。  兵士にとって、最も屈辱的な、撤退命令だと――  撤退命令が出たにも関わらず、地下の司令シェルターはすでに怪我人で溢れていた。この地下司令のシェルターはかなり大きく、地下数階まであり、その深部に彼女はいた。シェルターはコンクリートで灰色一色の味気ないものだ。  どの兵士も、疲労が顔に出ていた。兵士たちは十代の若者から50歳代の年寄りまで、幅広い年齢層だった。 サイボーグの彼女はいわゆる肉体の疲労とは無縁だったが、精神はまた別物だった。特にいつまでも作戦を立てられない司令部に対する怒りを抑え込むのに疲れていた。 敵軍がまだ引き上げていないのは、周りの人間から情報を得ていた。だが、こうも膠着状態が続くと、精神面で不調が出てくる兵士もいる。 核攻撃を敵が行うとするかもしれないなどど根拠のないことを言う兵士(決まって、若い男だ)もいる。 精神面に不調が出る者がいると、それは周囲にも伝染する。長い戦場での経験上分かってはいたのだが、彼女にもイライラが募ってきた。それを感じる。こんなところに居たいわけではないのに…… まあ、仕方がないと、こういう時は割り切るようにする。元々、彼らは生まれながらの戦士というわけではない。私もだ。 昔はこういうときはお互いに励まし、叱咤激励するというのが、兵士たるものというらしかった。私も昔なら、友だちと一緒にそういったことをしただろう。 だが、もうそんな友はいない。 そもそもそんなことを心配するほど、私には余裕がない。 戦局が仮に好転しても、今後の私の身がどうなるかが心配だった。 しばらくすると、上官が入ってきた。 私の今の上官。 そして、いつかの作戦で兵士を見捨てようとした、ろくでなし。 こいつは40代~50代の、少し太った男で頭はスキンヘッド。目はなにやら疲れたような雰囲気だ。 「全員、整列‼」  上官に隣にいた、私と同じ位背の高い副隊長が号令を飛ばす。(こいつもなんか似たような風貌だが、髪は脂がのっているのも思わせる髪をしていた。)  兵士たちはクタクタにも関わらず、背を伸ばした。  それから数分間は、今の状況の説明と、今後の我々の作戦内容の説明だった。 予想はしていたが、すでに敵の飛行部隊がこちらに向かっており、戦局は悪化になりつつあった。  これから我らは一時後退すると上官が言ったとき、戦局の状況からはっきりと撤退だというのが言われなくても分かった。 ――この分だと、本当に放熱攻撃かも……  以前から両陣営の仲が悪化していた。そんなことはマスコミのでっち上げだと思っていたのに……  上官が作戦内容を説明し終わると、兵士たちをじっと見つめた。 「諸君。これから私が言うことをよく聞いてほしい。」  すこし顔を下に向けている。なにやら思いつめた様子だ。 「もう知っての通り、戦時になってから、もうかなりの年月がすぎた。」 「これから行う攻撃は敵にどのくらいのダメージを与えられるか分からない。はっきり言って、自殺行為ともとれるものだ。」 ああ――とうとうきたか。 「諸君に敬意と勇気を称える。」 上官が部下に敬礼すると、仲間は同じように敬礼を返す。  私は嫌だったが、仕方なく皆と同じようにした。 「では解散。1時間後、出撃する。それまで、休んでおいてくれ。」  皆がそれぞれ最後の思い出を作ろうと、その場を後にした。  決意を固めた者、家族と永遠に別れる覚悟をした者、色々いただろう。こういうとき、兵士たちは戦う前の士気を高めようとする。だが、同時にかえって戦闘に怖気づく者もいる。  その点、私は全く問題がない。  私にはもう、帰る場所も、家族も、恋人もいないのだから…… 「グレース‼」  おっといけない。私としたことが、上官に目をつけられていたことに気が付かなかったとは――  嫌なやつだが、仕方がない。まあ、これで除隊処分になったとしても、もうどうなろうが知ったことではない。 「ちょっと、いいか。」 「はい。なんでしょう?」 出来るだけ、冷静に、丁寧に対応する。  上官と副隊長が肩を並べるかのように私に近づいた。 「上層部が君に話があるそうだ。詳しくは地下3階で。そこなら外部に漏れないですむだろう。」  副隊長が顎で私に来るようにジェスチャーしたので、私は応じた。  地下行きのエレベーターを三人で降りていく。  途中では多分、他のエレベーターの作動音と思われる轟音が響いていた。時折、天井かポタポタと雨のように小石が落ちてくる。 ――こんなに爆撃を食らうなんて……  幾多の激戦をくぐり抜けてきた私も今回の戦闘が異常なことを改めて思い知った。 ――負けるね。  だがそれを口に出すのはよした。もう言っても意味ないのだ。  エレベーターが止まる。  ドアが開いた場所はさっきとは全然違った。まあ、先ほどいたのは、ただのシェルターだったのを急遽、兵隊のたまり場として使ったものだったので、味気ないのはしょうがないのだが、ここは違う。  長さは数メートルくらいだが、ずらりと並んだコンピュータは多分兵器の制御システムを統括するもので、自分とは違い、室内用の兵装に身をつつんだ男女がくらいつくように画面を眺めている。他にも兵装管制盤や、ミサイル発射制御系のシステムを積んだ、大型ディスプレイ付きのコンピュータもある。部屋の中央には、隊の配置を確認するための、通称『作図テーブル』と呼ばれる装置の周りには、年老いたが、貫禄の雰囲気を漂わせる軍人(おそらく司令官クラスの者だろう)がなにやら話し合ったいる。ここは暗いが、コンピュータが放つライトのせいか、そんなに不便は感じない。  間違いない。ここはCCI(作戦情報センター)だ。いわば、隊の中枢である。  すぐさま、一つの疑問と懸念が脳裏をよぎる。 自分がここに連れてこられたことだ。  隊の中枢でもあるこの部屋は極秘作戦などの会議場として使われたり、兵器や作戦についての機密情報があるので、ごく限られた人間しか入れない。しかも上層部の人間がほとんどだ。 「大尉殿。」  上官が、作図テーブルの周りに声を恐る恐るかけた。大尉と呼ばれた男は上官よりも背が高く、少し太っており年齢は確か、もう60代後半くらいだ。いつ退役してもおかしくない。 横顔は枯れ、白髪の混じった短髪で、灰色の瞳は年月に熟成された分別の色を漂わせているが、十分に精気をため込んだ男の生臭さが直に感じ取れた。 「例の、機械化兵の二等兵を連れてきました。」  私は仕方なく、敬礼してみせた。 「グレース・ヴェルフスキー二等兵、まいりました。」  私の上官はクズ野郎だ。あの作戦以降、『男なんてみな同じだ。』なんて思っていたが、目の前の老兵はなかなか出来る男だと、隊の間でも評判だった。キュアリアンとの戦争が始まって彼が指揮した部隊が数々の任務の成功を成し遂げたのは、私でも知っていた。 「よくきてくれた。グレース。」  老兵は他の将校たちに席を外す旨を伝えると、「こちらに来たまえ。」と言うと、私たちを奥の部屋に連れて行った。  その部屋は今いる作戦室の中にあるのだが、屈強な男性の兵士(多分サイボーグだろう)二人が立っていた。多分護衛の意味もあるのだろう。  短く彼は敬礼すると、彼らもそれに応じる。  部屋のドアは、旧時代の金庫のよう直径数メートルほどの円形で、男の腕ほどの太さの鉄棒が横切っている。ドアの横には、指紋と虹彩スキャンを読み取るための小さな箱が突き出ていた。  大尉はそのシステムの前に来ると、目を近づけ、さらに指紋を箱の前にかざすと、棒は横に引っこみ、ドアはなんの前触れもなく、簡単に開いた。  部屋は長さ10メートルくらいだろうか。天井の高さは2~3メートルくらいで、周囲の壁は銀色の冷たい輝きを放っていた。そして中には白衣を着た数人の科学者らしき人間と、軍の上層部とおぼしき男たちがテーブルを狭そうに囲っていた。 ――なんなのさ……  まだ全貌が分からないが、この施設はシェルターとかの類ではないようだ。よく仲間内で『軍の上層部はヤバくなったら、自分達だけ避難する。』とか言うのを聞いていたが、ここがそのような施設だっととしたら、自分のような下級の兵士が呼ばれるはずはない。  そもそも私には前科があるのだから。 「その椅子に座り給え、グレース。」 大尉が指さした場所には、ポツんと椅子が置かれていたので、私はそこに腰かけた。  目の前のテーブルとそれに肘をつく者達との距離はちょっと遠かった。 「お待ちください。大尉。」 ふと、クズの上官が割って入ってきた。 「この女に優しく接するのは危険です。」 ――ありがとよ。クズやろう。 「この女は例の作戦で命令違反、勝手な撤退指示をやらかした者です。そのあとの軍事裁判では、2~3人の上官を殴って、牢で禁固刑を受けております。」 まあ、間違いではない。 「それは知っている。」 大尉は上官をなだめるように言う。だが、口調は冷淡だった。 「だが、さすがの彼女もここで問題を起こしても、なんの利にならないことくらい分かるだろう。」  なにか思案しているような顔つきだ。だが、上官も位の高さには逆らえないようだった。納得できないように頷き、私が黙って椅子に座るのを眺めた。 「では外してくれ。」 大尉はそう言うと、上官と護衛の兵二人とともに出ていった。 「では、改めて。グレース二等兵。」 「どうも……」 「君の経歴は読ませてもらったよ。」 トンと大尉は書類を私の前に置いて見せた。 「そうですか……」 「経歴は大体分かった。18歳で入隊、3年後、戦場で負傷し、そのまま除隊処分となるところを、申請により体を機械化。その後、半年という驚異的短期間で機械化した体のリハビリを終え、戦隊に復帰。その後の経歴は大したものだ。」 ――その書類を見つめる表情は、なにか思いつめているようにも見えた。意外と人間性というものがこの男にはあるようだ。 「機械化手術はどういうものか、理解していたのかね?」 問い詰めるようでもなく、なにか、泣きそうにも見えたが、多分気のせいだろう。 「ええ、勿論です。」 思わず即答してしまった。と同時になぜこのようなことを問うのか理解できなかった。機械化手術を受けた者は、私の周りにも多くいたし、現にこの部屋にだって…… 「悪かった。いや、わたしの場合、任務を命じるにあたり、それに対してどういう人間かを知っておくべきだと思うからだ。」 「はあ。」 とりあえず聞き流した。 「ところで……君はこの戦争が終わったら、どうするのかね?」 「特になにも。もう家族もいませんから。」 それは真実だった。両親は私がもう物心ついたときには死んでいたし、親戚連中は両親の葬儀以降、何年も会っていなかった。仲が悪かったらしいが、詳しくは知らない。他に家族と呼べる者はいなかったし、正真正銘、天涯孤独の身だ。  それからはただ悶々と質問攻めにされた。先ほどの軍での経歴の他に、軍に志願した動機、友人関係などの一般的なことだ。  ここまで聞かれるとなると、なにかの極秘作戦に抜擢されたのだろうか? 「よし。君に対する認識はもういい。」 静かに大尉は私と目を合わせた。 「今から君には。ある任務についてもらう。 「なんです?」 「ある装置の護送だ。しかも、トップシークレット付きのな。」 しばらく無言ののち、再度聞いてみた。 「キュアリアンに渡ってはまずいものなんですね?」 キュアリアンとは、所謂遺伝子治療を施された者達の総称だ。 西暦2100年。人類は未だに人同士で争い、殺し合い、奪いあい、愛し合っていた。  科学技術はそれなりに進歩していったが、それを扱う人間の心のほうはちっとも進化していなかったのだ。  熱核大戦なんてものも起こり、そのせいで何百人も死に、病魔に侵された。  各国はようやく戦争をやめると同時に、そんな人々への救済へ乗り出した。  人間の機械化技術など、私の身体に使われた技術もその時に開発されたらしい。  だが、数年後、これを凌ぐ技術が開発された。  遺伝子開発技術、正式には、無記述遺伝子(ブランクDNA)開発である。  これは、その名の通り、人の遺伝子ゲノムをアミノ酸単位で分析し、一から人間の遺伝子配列を作成するというものだ。例えば、放射能汚染により発症した白血病患者に対しては、白血球を増やすよう、ゲノムに手を加え、患者の血液中の細胞の免疫能力を向上させる。それだけなら、旧時代にも考えられていたが、これは分析するだけでなく、体を構築する遺伝子を、塩基配列から造り出すというものだ。遺伝子を新たに、四つの塩基で再配列させるこの技術は画期的なものだ。塩基配列をゼロから組むわけなので、旧時代のクローニング技術とは根本的に異なる。  旧時代にはまだ夢物語に過ぎなかったものだが、熱核大戦により、国々のあらゆる技術開発は促進され続けられた結果によるものだ。  このテクノロジーは、戦争被害者を救うだけではなく、多くの医療、または食物開発にも多大なる影響を与えるはずだった。  初期のころは、それなりの成果をあげていた。遺伝子による病気さえも完治させ、人の寿命は、一時期は90歳を超えた時期もあったらしい。  だが、数年が経った頃、治療を受けた人間のうち、ほんの数パーセントに、異常が見られてきた。  最初の変化はほんの小さいもの。体が回復するだけではなく、向上していったのだ。  例えば、病気前は走るのが遅かった人間が、ゲノム治療を受けて数日後には数秒で50メートルを走れるようになったり、筋力がアップしたりしたのだ。  最初のうちは、科学者たちが、人間の遺伝子を改良した副産物として、この結果を喜んだそうだ。科学者という者は、なによりも良き結果、業績を求めるもので、そのあとのことは一切考えない。今までの歴史がそれを証明している。  問題となったのは、その後のことだ。  患者たちのうち、半数以上の者が、意味もなく突然発狂したかと思うと、無意味に他者を傷つけ、中には殺してしまう者もいたという。彼らは体中の体毛がどんどん伸びていき、野生のクマか狼のようだった。彼らは皮肉と侮蔑、恐怖を込めて狂人=キュアバーサー等と呼ばれた。  当初は『遺伝子治療の副作用による知能低下』とマスコミは騒いでいたらしいが、姿はほとんど野獣、モンスターに近いものだったらしい。  当然彼らのうち、正気を保っていた半数は医療機関を責め立て、訴訟を起こしたものもいた。遺伝子訴訟という社会問題の誕生だった。しかも、当時治療を受けてなんの症状を起こさなかった人間たちの子供が、突然発狂して、野獣化してしまうという事態も発生した。  世界中の政府が彼らの治療に当たったが、治った者は一人もおらず、どんどん数を増やしていった。数年後、やむをえず、キュアバーサーたちを許可なしに射殺してもよいという法律を作らざるを得なくなった。キュアバーサーにならなかった者たちも、隔離する必要があると、一部の科学者達が主張し始め、やがて世界中の政府たちは遺伝子治療を受けた者たち=キュアリアンたちの一斉逮捕に乗り出した。だがそんなこと、到底本人たちは許せるはずがなかった。彼らとて、素は普通の人間だったのだ。なにも悪いことをしていないのに、そんな車に輸送されるいわれなど無いと。 だが、もう時間もなく、世論もキュアリアンたちの一斉摘発を主張しており、政府もそうせざるを得なかった。だが、いきなり住宅地に軍や警官がやってきて、令状を持っているにも関わらず、その家を退去しない者に対しては問答無用、力ずくで取り押さえ、犯罪者用の護送車に乗せされる様は中世の魔女狩りのようだったという。 キュアリアンたちはそれに対抗するため、旧ユーラシア大陸に、自分達のコミュニティーを創設し、自衛軍を組織した。 彼らの中には人間だったころよりも能力が格段に上がった者もいる。それは筋力だけでなく、頭脳も同様だった。やがて彼らの生み出した科学技術は、人間のそれよりもはるかに凌駕した。 彼らのコミュニティは既に一国の領土まで拡大し、自分達を『人より進化した新人類』と呼び、N・H(ニューヒューマン)連合という国家を建設するまでに至った。  だがそんな暴挙を周辺の国々が許すはずもなかった。お互いを恐れ、差別し、暴動が発生した。 それが互いの憎しみに変わっていくのに、時間はかからなかった。  そしてついに、この大戦が始まったというわけだ。どちらが物理的な攻撃を開始したのかは、今となっては不明だ。 私の体、機械化したボディ製造の為のサイボーグ技術は、キュアリアンに対抗するために開発された技術だ。人間離れした彼らに対抗するには、通常の生身の人間ではとても勝てないからだ。 「確かに、敵に渡ってはマズいものだ。」  大尉はそれからしばらく間を置いて、こちらをなぜか思いつめたような表情で見る。なにか、罪悪感を感じるような目だ。 「ところで、君は、もし、この戦争が終わったら、どうするかね?」 急に場違いなような質問をされ、反応に戸惑ったが、正直に答えることにした。 「国に帰るのかね?」 「家族はもういません。父と母は私を孤児院に預けたきり、そのままですから。」 「プライベートなことを聞くが、付き合っている男性はいないのかね? 私が言うのもなんだが、君は結構美人なほうだから。」 「――恋人みたいなやつ、ってことですか?」 「まあ、そうだ。」 「いません。まあ、こんなナリですから……」 事実だった。サイボーグ女=機械女と付き合いたいなんていう男はいなかった。私の見た目といったら、体の筋肉の線にそって、手術あとのラインが入っている。手術の時はこのラインに沿って体にサイボーグパーツを入れるわけだ。よく近くによらないと肉眼にはそれほど目立つものではないが、サイボーグ技術が開発された初期は普通に縫うだけで、抜糸の跡がかなり残っている人間もいたという。 「よし、分かった。」 なにやら思いつめた顔つきだ。これは無茶苦茶な命令を下すしかない男の顔ではなく、なにか罪悪感を感じさせるような目をしている。 「さて、任務の内容だが……」 「よう~グレース。なんかまたやらかしたのかよ?」 私と同じ二等兵がまたわたしにつるんできた。男というやつは、大抵同じものだ。このご時世にも関わらず、女の兵隊というのは珍しくもないのに、いざ見ると、自分は強く、頼りになるやつなんだぜと自己主張しまくる。  そういうやつに限って、いざって時に役に立たない。こいつもその一人だ。まだ20代で、私と同じ年齢だというので腹立つ。まだ生身で筋肉質、口には無精髭。しかも女ったらしというあまりよくない評判のこいつは名を、ヴエルスパー・ウエットモアといって、隊随一の問題児でもあった。背は私の180センチに対して、160センチというこのチビスケ野郎は他の兵士同様、私をからかう害虫野郎だ。 「まあね。」 私はもうつるまれると面倒なことになると思い、すぐ立ち去ろうとした。 「おい、待ちな‼」 ヴエルスパーは、私に無視されたとでも思ったのか、私の肩をつかみ、にらみ返した。  私は躊躇なく、やつの腕を強引に掴み、同時に、膝を蹴り飛ばしてやつをねじ伏せる。  案の定、こいつはすぐ根をあげた。分かってはいたが、こうもあっさりやられてしまっては興ざめだ。少し痛めつけるだけのつもりだったが―  まだ上官ににらまれると面倒なので、すぐ解放してやった。まだ「ウ~」と情けない声を出している。 「この、クソアマ‼」  まだ立ち上がれないくせに。さっき食らわせた蹴りが結構効いたらしい。  私はその場を後にした。  運命の日というのは、意外とすぐに訪れた。 この日、私は午後から例の装置の護送任務につくことになっていた。朝の4時、予報では、二時間後くらいに吹雪になるということだったが、基地の周りは厚さ数センチの雪に埋もれており、風も(普通の人なら)立っているのがやっとのくらいに強かった。この戦争の影響もあるのだろうが、ここ数年の地球の気候はどんどん低下していた。なんでも、核兵器を大量に使用した際の爆発により巻き上げられた灰や煙の微粒子が日光を遮った結果によるものだとか。最初に使ったのは、人間のほうで(戦争を早く終わらせる為とか、政治家どもは宣伝していた。)当初は、キュアリアンの自治区を一つ攻撃したのみだったが、やつらも報復として使用した。  旧時代も、人間同士で殺し合い、報復しあい、最後には武器で相手を屈服させる。今の時代も対して変わりはしない。『人よりも進化した。』とキュアリアンたちは自分たちを評価しているが、もしかしたら、連中も人間と変わりないのかもしれない。  午前中は通常任務通り、基地の、高さ10メートル程の防波堤の上に立って、見張りをしていた。  ふと、基地内部から、なにやら男どもが騒いでいる声が聞えてきた。下を見ると、私と同じ軍用の 迷彩服を着た兵士が、一般人となにやら話している。  話を聞こうと、私は脳内の聴覚システムに接続して、機能を数パーセント上げてみた。 「―だから、一般人の捜索は、こちらではやっていないんだって…!」 「悪いが、婆さん、お孫の捜索は……」 状況から聞いて、二人の兵士が話しているのは、民間人の老婆のようだ。なるほど、下にいるのは、背も低いし、安物のフードをかぶって、ボロボロのマフラーをしている。フードからは、もうかなりの年だということを思わせるくらいの白髪が伸びている。  老婆の言うことも聞いてみようかと思ったが、この地区の言葉が知らないので、無駄だと思いやめた。 そういえば、軍が、去年開発された万能言語翻訳機を兵士たち全員に配ろうとしている話を思いだした。なんでもネットワークにつなげば、一瞬で翻訳、持っているタブレットにソフトがインストールされ、スピーカーからは自動音声を流してくれる。  だが、全線で戦う兵士たちは、わざわざそんな高価な装置を持って行けるわけもなく、そんなに需要もないとのことで却下されたらしい。それにタブレット自体、精密機器の塊で、すぐに壊れるだろうとの意見もあった。  私たちがもっているタブレット類は、2020年代から形や大きさはそう変わっていない。無論機能はかなり向上している。記憶容量、処理速度なんかだ。だか、大きさは私たちの体に合わせてある。昔の人は、よく考えたものだ。こうして、数十年たっても、形は変わっていないのだから。  なんてことを思いながら、また目を下にやると、老婆はまだ粘っているようだ。だが、兵士も怒鳴り続ける。大人げない男どもだ。 「まだ、やっているのか。あいつら。」 聞きなれた声がして、ふりむくと、そこには私と同じ年代の男がいた。顔には夢精ひげをはやし、普段はアイビーカットの黒髪をしているが、今は眼鏡タイプのスコープ付きヘルメットをしていて分からない。身長は私よりも数センチ高く、兵装していても分かる位にガタイがいい、筋骨隆々の兵士がいた。  グレイ・エドワーズ。  私に気兼ねなく話しかけてくる、変な男性兵士だ。だが、ヴェルスパーと違って、彼は下の兵士からも慕われ、作戦指揮能力も高いと評判の兵士だ。軍から、困難な救出任務も与えられたとき、ほとんどの上官が手をあげ、長期に渡るなどど発言したなか、彼だけは自ら名乗りをあげ、一か月かかると思われた作戦も、半月で終らせるなどの成果もあげている。しかも、私や他の兵士と違い、100%生身の肉体の持ち主だ。 そんな男が、私のような変わり者の兵士に気兼ねなく話してくる。最初は別に嫌になる理由もないので、それとなく話していたが、段々と付き合ううちに私たちは気兼ねなく話せる仲になっていった。なにせ彼は私と違い、100%生身の体なのだ。最初はそんな男と付き合えるはずがないと思っていたのだが、気づいてみたら私たちの仲は2年ほど続いている。 「そうみたい。」 「あの婆さんには気の毒だが、こっちも余裕がないからな。」  そう言う間もなく、老婆は折れたようだ。頭をトボトボと下げ、軍の防壁から離れていった。 「そう言えば、あんたって、まだ……」 「お袋のこと? ああ、まだ生きているよ。今は親戚ん家にいる。」 「あんたはいいね」 「なにが?」 「その、家族?ってのがいて……」  本心だった。 「ああ。この戦争が終わったら、国に帰って、おふくろの面倒をみなくちゃいけないがね。」  意志の強そうな両目の口元が子供みたいににやけてる。  一緒に何回か、戦場で戦ったりしたが、そんなときもこんな感じ。変に親近感を感じさせるやつだ。 「お前さんはどうするんだい? 午後からの任務が終わったら。」 「なんにもないけど?」 「少し休暇でも取ったら、どうだ?」 やはりそうきた。彼は優しい。多分、他の女性が見ても、結構イケメンなほうだ。  だが、わたしは…… 「休暇? 軍の周りにあるのはさびれた酒場くらいよ。」 「どこかに行けば?」 「行っても、なんか楽しめないから。」 「そうか。」  なんだが、気まずい空気になってきた。雪のせいで視界が悪く、誰の姿も見えにくく分、この場にいるのが二人だけになったみたいだ。 「なあ、グレース。よかったらなんだけど……」  突然、警報が鳴り響いた。と同時に私の胸に入っていた短波無線から「グレース、状況が変わった。今すぐきてくれ。」との声が聞えてきた。 私は驚いた反面、少し安心もした。彼がなにを言うのか、なんとなく分かったからだ。だが、OKしたら、彼に迷惑がかかる。 「ごめんグレン。また今度。」 「いいよ。また今度。」 グレンはなにか言いたそうだったが、彼も軍務の重要性が分かっているのだ。 私はそう言っただけで、すぐ下に降りた。降りるしかなかった。
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