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ヒーロー
「じゃあ、久しぶりの再開に、乾杯!」
橋本の合図とともに、3人はグラスを合わせる。
結局、2人の誘いに乗ってしまった俺は、既に居心地の悪さを感じる。
明らかに纏っているオーラが違う。
よくもまあ、こんな居酒屋まで来てくれたもんだ。
最初は、2人の話題で持ち切りだった。
ノーヒットノーランのこと、アナウンサーの仕事の裏話。
出てくるワード1つ1つが、俺には別次元の世界の言葉に感じる。
しばらくして、話題が俺の話になる。
「本野はどうなんだ? 建設現場で働いているんだろ?」
飯田に聞かれ、俺は正直に答える。
「お前らに話せるような自慢話はないよ。」
少し冷たく答えすぎただろうか、2人は一瞬、驚いた顔を見せる。
「そんなことないだろ。建設の仕事なんて、立派な仕事じゃねえか。」
橋本に言われるが、それすらもただの軽蔑に聞こえる。
「全くだよ。暑い日でも寒い日でも関係なく、ただ木材を運んだりするだけ。身体への負担もすごい。人のために頑張っても、隣人にはうるさいと苦情を言われる。出会いもない、変化もない。お前らから見たら、蟻が働いているのと大差ないだろ。お前らはすごいよな、昔から夢があって、それを叶えた。多くの人の期待や夢を背負って、第一線で戦い続けてる。まさに"ヒーロー"だよな。一生困らないようなお金も貰って、人生バラ色。俺とお前らは、月とすっぽんなんだよ」
自分でも、ダサいというのは分かってる。
それでも、やっぱりこの2人と俺とでは天と地ほどの差があるんだ。
それを言葉にしないと、今のこの居心地の悪さに耐えられない気がした。
「それは、勘違いしてるぜ、本野」
少し間が空いて、橋本が話し始めた。
「俺がなんで野球を出来ているかわかるか? 飯田がなんでアナウンサーの仕事を出来ているかわかるか? 場所があるからだよ。仕事をできる環境があるからだよ。じゃあその場所を作ってくれてるのは誰だ? お前ら建設現場の人たちだろ? 時間と手間ひまをかけて、俺たちのために作ってくれてるんだろ? そしてそれが、俺たちを見てくれる人のためにもなっている。それだけじゃないぜ、人が暮らしてる家も、人が買い物をするスーパーも、人が泊まるホテルだって、全部お前らのおかげで出来ている。俺らにとって、お前は正真正銘の"ヒーロー"なんだよ。」
考えたこともなかった。
俺が、みんなの"ヒーロー"になってるなんて。
ただただ重労働で、地味な仕事。
ヒーローなんて、かけ離れたものだと思っていた。
「そりゃ確かに、地味な仕事かもしれないけど」
隣にいた飯田も話し始める。
「子供たちから見たら、何も無いところに新しい建物を作り出すなんて、ヒーローが魔法を使ったみたいでカッコイイじゃないか。"ヒーロー"の捉え方なんて、人それぞれだよ。誰かがヒーローだと思ってもらえば、そいつはヒーローだよ。お前は俺たちをヒーローだと思ってる。俺たちはお前をヒーローだと思ってる。形は違っても、俺たちはちゃんと、"ヒーローになる"っていう昔の約束を、果たしたんだよ。」
自分だけ、置いて行かれたと思っていた。
2人は遠い存在だと思っていた。
だけど俺は、2人のヒーローを輝かせる、もう1人のヒーローになれていた。
そんなこと、2人に言われるまで、考えもしなかった。
「おい、何泣いてんだよ!」
気付いたら、泣いていたらしい。
2人に肩を叩かれ、励まされた。
形は違えど、みんな"ヒーロー"。
もう少し、この仕事に誇りを持って、胸を張って、生きていってもいいんじゃないかと、2人の"ヒーロー"に、教えられたんだ。
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