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誓い
―俺たち、絶対ヒーローになろうな!
気が遠くなるほどの暑さ。
永遠と響く蝉の鳴き声。
この環境での仕事も、もう慣れたものだ。
夏だというのに、長袖のグレーのシャツを着なければいけないのだけは、どうにかならないものかと思う。
俺、本野隆文は今、建設現場で働いている。
高校を卒業し、特にやりたいことも無く、かと言って、大学に行きたい訳でもない。
昔から運動は得意だったこともあり、ある程度生活が出来れば良いだろうという考えで、力仕事に就いた。
特に出会いがある訳でもない。
ガラの悪そうなおっさん達と、ただひたすら建設を進めるだけ。
こんな仕事を続けて、もう10年が経つ。
もう30になるというのに、夢も、女もない。
このままではいけないと思っていても、ここから何かを始める時間も勇気もない。
生きるために必要な最低限の金を、今日も明日も稼ぐだけ。
「よし、休憩だ!」
今年で50になる、佐々岡という男のしゃがれた声が響く。
この現場の班長のような男だ。
昼飯を済ませるため、近くのラーメン屋に入る。
平日の昼頃だからなのか、空席が目立つ。
適当に、カウンターの席に座り、1番安い醤油ラーメンを頼む。
店の隅に設置されているテレビに目を向けると、見覚えのある顔が映っていた。
綺麗なスーツに身を包み、机の上に置かれた原稿にチラチラと目を向けながら、飯田鉄平は、淡々と読み上げていく。
かつて、ヒーローになると誓い合った、小学校の頃の友人の一人。昔から音読が大好きで、国語の時間は、いつも生き生きとしていた。
その特技を活かし、アナウンサーの養成学校に入った飯田は、見事に夢を叶えた。
―昨日、読売ジャイアンツの橋本正樹投手が、史上85人目のノーヒットノーランを達成しました。
飯田が読み終えたあと、橋本が満面の笑みで、チームメイトから祝福されている映像が流れる。
こいつもまた、かつてヒーローになると誓い合った友人だ。
幼稚園の頃から野球を始め、とにかく野球一筋だった橋本。夢だった甲子園にも出場し、ドラフト1位で憧れの球団に入った。
まさに、"ヒーロー"になった2人が同時にテレビに映っている。
その状況に俺は、また虚しさに襲われる。
残っていたスープをさっさと飲み干し、逃げるように店を出る。
「ヒーローになれなかったのは、俺だけか」
俺の嘆きは、いつまでも鳴き続ける蝉の声に掻き消された。
半年後、俺の携帯に1通のメールが届く。
―本野久しぶり! 飯田だよ! 覚えてるか? ちょっと会えないか? 橋本もシーズンオフに入ったんだ、久しぶりに、3人で語り合おうぜ!
突然の友人からの誘い、本来なら喜んで行きたいところだが、俺は迷っていた。
2人とも、今は有名人だ。
こんな小汚い俺が、2人に会っていいのか。
もう既に遠い存在になったお前らに、合わせる顔なんて―
迷いながら、俺は飯田にメールを返した。
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