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マンションの駐車場に車を停めた。下りて、ワンピースの裾の汚れを払う。
大化けしたじゃないか。あいつの顔を見て思った。大人になって、毛染めをやめたんだろう。髪は秋の稲穂のように輝いていた。陶器のような素肌はそのままに、りりしい顔つきの青年へと開花したのに、私はすべてを見逃してしまった。
部屋の前にたどり着いて、鍵を探す。
「香菜」
呼ばれた気がして振り向くと、あいつが廊下の隅でぼうっと立っているのが見えた。
「……誠?」
驚きすぎて、バッグを取り落とした。鍵や数珠、バッグの中身がリノリウムの床に飛び出す。遠目でも髪がくるくるふわふわとしているのが分かる。
誠、さっきまで黒い額縁の中で、笑っていたじゃないか。あんなひょろ高かったのに、本当に小さな壺に納まってしまったじゃないか。私の知らないところで生きて、知らない顔で笑って、私のことなどすっかり忘れて人生を謳歌して旅立ったんじゃないのか!
よろよろと誠の方へ歩き出した。でも少しも近づける気がしない。
「俺、死んだら終わりだと思う」
いつかの声が頭の中で木霊する。おばあちゃんはどこにいるんだっけ。誠、誠、どうして……。聞きたいことがまとまらない。
あいつは目を伏せて、一言だけ。
「あるよ」
ささやくように言うと、初めて顔をあげ、優しい眼差しを向けて、そのまま消えた。
立ち上がれずにうずくまる。葬祭場でもらった塩を握りしめた。
何の答えだよ。馬鹿やろう。
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